さっぽろ散歩
2023.11.02

おいしい店は、札幌・狸小路の奥にある。案内人・岡本仁

毛ガニやウニを探している場合じゃない。札幌でおいしい時間を過ごすには、まず知らないといけないのが狸小路の7丁目と8丁目だ。1873年から続く商店街の外れには、いまの札幌を感じられる名店がひしめいている。

Photo: Tetsuya Ito / Text&edit: Hitoshi Okamoto

このページは、雑誌『BRUTUS』2018年11月1日発売号(#881)掲載の中でも、特に反響の大きかった記事をピックアップしています。

ぼくは狸七と狸八にしか行かなくなった。

1980年代の中頃に3年ほど札幌に住んでいたので、記憶との擦り合わせから話を始めることを許してほしい。狸小路は、ぼくにとって雨に濡れずに目的地まで行ける通り道だった。ぼくが子どもの頃に聴いていた「狸小路のうた」は3代目のCMソングだったらしく、作詞はなんと野坂昭如である。

ちなみに作曲はいずみたくで、歌は朝丘雪路とボニー・ジャックス。彼らを知っている人がいまどのくらいいるかわからないけれど、かなり昔の話だということはこれで伝わるはずだ。毎日テレビから流れてきたので「1丁目から8丁目、ぐるりときれいなアーケード」という歌詞はいまも頭にこびりついている。

でも札幌在住時代に端から端まで歩くことはなかった。地下鉄大通駅からポールタウンという地下街に入り、狸小路4丁目で地上に出て、アーケードを4丁目から6丁目まで。6丁目の〈焼肉亭サム〉の先にある〈狸小路市場〉を通り抜けると、狸小路に平行した南3条通に出る。そこを右に曲がれば、すぐ先に目的地〈和田珈琲店〉があった。

それがぼくのルート。札幌に住もうと思った理由は、いつも素敵な音楽がかかっているこの店に毎日行きたかったからだった。

小路1〜6丁目のアーケード街。これが狸小路商店街のデフォルト。

狸小路7丁目。かろうじて屋根はあるが急に暗くなる。

狸小路8丁目。もはや屋根すらないが、おいしい店はここにある。

7丁目には〈富公〉のラーメンが食べたくなった時にしか、足を踏み入れたことがなかった。店主が気に食わない客をどやしつける(たいがいは行儀の悪い客のほうに非がある)ことでも有名だったが、味噌ラーメンの味は札幌一だと思っていた。

〈和田珈琲店〉が閉店して数年経ってから、そこで働いていたアツシくんが〈フレッシュエアー〉という中古レコード店を狸小路8丁目に開いた。ぼくが鎌倉に住んでいた頃だ。「狸小路に8丁目なんてあったっけ?」というのが、その噂を聞きつけて最初に自分が思ったことだ。

狸小路を4丁目あたりから西に向かって歩いていけばわかるけれど、7丁目から急に雰囲気が変わる。7丁目のアーケードは古く、照明も全体に暗い。さらに8丁目まで進むとそこにはもうアーケードすらない。『さっぽろ狸小路グラフィティー』(和田由美・著、亜璃西社)によれば、高い負担金について店舗を持たない地主の合意が得られなかったため、当初から8丁目にはアーケードがなかったそうだ。

狸小路に8丁目なんてあったっけというぼくの認識を正してくれたのは〈ゴーシェ〉である。2014年に上川郡東川町にある〈ON THE TABLE〉という食堂で、ポップアップ・イベントがあった。札幌のフレンチ・レストラン〈パロンブ〉のシェフが東川近郊の食材を使った料理を出すという内容で、〈パロンブ〉のことは知らなかったけれど、その夜に食べた料理は鮮烈だった。 シェフの小鹿さんと少し話をしたら、近いうちに独立して自分の店を始めると言う。それが〈ゴーシェ〉だ。

オープンしたと聞きつけて、すぐに行ってみたのが2015年5月11日(日付まではっきりと憶えているのではなく、自分の古いインスタグラムを見直しただけなんだけど)。狸小路8丁目の入口近くにある古いビルの2階。それがぼくの「狸小路7丁目、8丁目通い」の記念すべきスタートだ。

この夜に出してくれたワインが、とても印象に残っている。岩見沢で造られたものらしかったが、ぼくは自分の生まれ故郷の近くでワインが造られていることをにわかには信じられなかった。北海道ワインのおいしさに目覚め、〈二番通り酒店〉の存在を教えてもらったのもこの日である。

いい店の存在を知るほどに
滞在日数も増えていく。

その時の札幌滞在はわりと長期間だったので、友人から行くべき飲食店の情報をいくつか集めておいた。「とにかくここだけは絶対に行ってください」という指示に従い、翌日は〈GRIS〉を予約して、そこで完全にノックアウトされた。最初は自分が歓迎されているのか、それとも歓迎されていないのかが読み取れないほどクールな対応だった。

居心地もよく、いまの狸7、狸8を象徴するような〈GRIS〉。しゅうまいからフリット、せいろご飯と幅広く、野菜を中心に北海道の新鮮な食材を使った料理とともに自然派や北海道産のワインを楽しめる。

写真は、シャインマスカットと和梨のサラダ。紹介する店の多くは〈二番通り酒店〉からの仕入れで、おいしいワインには事欠かない。

店に漂う凜とした空気と、自分の緊張がそう感じさせただけだということは、回を重ねるうちにわかってきた。いまやここに寄らない札幌滞在はあり得ないと思うようなファンだ。ファンだから店主の小野夫妻のインスタグラムもフォローしている。

そうするとときどき店休日に彼らが食事をする店の料理などがポストされる。自分の大好きなおいしいものをつくる人たちが行くのだから、それはミシュランの星よりも価値のある情報だろうと思う。それで知ったのが〈茶月斎〉と〈クネル〉だった。

少しは言葉を交わす仲になったので、ある時、インスタで見かけたあの店のどんなところがいいのかを尋ねたら「一緒に行きましょう」と言ってもらえた。〈GRIS〉の定休日に札幌に行くことは避けようというルールは、この日に変わった。店休日に行けば、彼らのお気に入りの店で一緒に食事ができるから。

〈茶月斎〉は〈ゴーシェ〉と同じビルの地下にあり、〈クネル〉は〈GRIS〉のすぐ先にあった。〈アルコ〉も〈バール・メンタ〉も小野夫妻に教えてもらった店である。いまいちばんの心配は、こんなにいい店を知ってしまったら、〈GRIS〉に行く回数が減ってしまうのではないかということだ。なのに、どうやらこのエリアにはまだまだいい店があるらしい。こうなったら札幌へ行くならば、いままで以上に滞在日数を長くするしかない。

そうそう、アツシくんの店〈フレッシュエアー〉は、いま狸小路7丁目にあって、時間があれば晩ごはんの前に寄ることにしている。そもそも札幌で晩ごはんを食べようとして思い浮かべる店のほとんどが、狸小路7丁目と8丁目界隈に集中しているわけだから、〈フレッシュエアー〉で中古レコードを探すことは、言ってみればぼくのアペロのようなものなのである。

おいしい店は、札幌・狸小路の奥にある。
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GRIS(グリ)

グルメサイトでは「中華」という括りになっているが、それを鵜呑みにしては大きな損をする。店主の小野夫妻に、このエリアの名店を教えてもらい過ぎたので、他に行く時間をつくるための解決策として、開店直後の午後3時に行き、遅い昼食もしくは早過ぎる夕食を食べるという手を思いついた。この時間帯は店内の光がとても美しく天国みたいに思える。

こどもピーマンなど珍しい野菜も。ワインのお供にもなる、おひたしの盛り合わせ。

野菜のおいしさに驚く、美瑛産の名残り夏野菜の炒め。

古いビル4階にある入口。

INFORMATION

GRIS(グリ)
住所:札幌市中央区南2西8−5−4 FABcafe 4F
TEL:011-206-8448
営業時間:15時過ぎ〜22時(最終入店20時)
メニューは、基本的にコース料理(ひとり7品、約6,000円が目安)。
*不定期でアラカルトの営業日があり、SNSで告知します。
*要予約

french gaucher(フレンチゴーシェ)

おいしい肉が食べたくなったらここへ行く。シェフの小鹿さんはたしか狩猟免許も持っていたはずで、ジビエ料理も得意だ。はじめてここへ来た日に出していただいたワインについて改めて尋ねたら、ブルース・ガットラヴの〈10Rワイナリー〉のものとのこと。

〈二番通り酒店〉を教えてもらったことにも感謝。いまやぼくが札幌へ行く大きな理由のひとつは、北海道産のワインを飲むことでもあるので、頭が上がらない。

ボリュームたっぷりのシャルキュトリーの盛り合わせ(2,400円〜/2人前)と、エゾシカのロティ(3,300円)。

ケースには羽毛の付いた欧州産野鳥が並ぶ。

写真のテーブルほかカウンター席も。

INFORMATION

french gaucher(フレンチゴーシェ)
住所:札幌市中央区南3西8−7 大洋ビル2F
TEL:011-206-9348
営業時間:17時〜22時
定休日:火曜

茶月斎(ちゃげつさい)

店に入ると長いカウンターの奥にミラーボールが見える。何故それが取り付けてあるのかを尋ねるほど、まだ店主の小蕎さんとは言葉を交わしていないけれど、その理由を教えてもらう日もそう遠くはないはず。先回はカマスのパリパリ焼きが素晴らし過ぎて、最後に担々麺を頼むのを忘れてしまった。

ワインは〈二番通り酒店〉店主が、自らカウンター横にある冷蔵庫の中に並べていくのだそうだ。丁寧な解説文を読んで自分で選ぶ。

百合根や枝豆など、季節で具材の替わる春巻き。こちらはホタテとトウキビ。旨い!

これから旬を迎える、ハタハタ・蕪・火鍋仕立て。

店の奥ではミラーボールがまわる。

INFORMATION

茶月斎(ちゃげつさい)
住所:札幌市中央区南3西8−7 大洋ビルB1
TEL:011-272-4202
料理は季節の食材を使ったおまかせコースのみで、食事とデザート計8品で1人12,000円(2名〜。18:30スタート)。
問い合わせはHPのみ。
*要予約

ジンギスカン アルコ

ラーメン店〈一徹〉の脇の細長い廊下の奥にあるジンギスカンの店。ジンギスカンが食べたくなったらこれからはここにしか行かない。他の客が食べていた羊の筋肉の煮込みもおいしそうだった。ちなみにこの場所はもともと〈富公〉だった。

『さっぽろ狸小路グラフィティー』によれば〈一徹〉は〈富公〉に憧れていた人が開いた店だそう。そんな歴史を知ってしまったから〈一徹〉にも近いうちに行かねばならない。

一頭買いのマトンを使用。各部位が一皿に。ジンギスカン。990円。

洋風トマトベースの、羊の筋煮込み。800円。

1階はコの字カウンター。壁にはマルクス兄弟のポスターが。実は2階もある。

INFORMATION

ジンギスカン アルコ
住所:札幌市中央区南3西7−3 狸小路7
TEL:011-221-7923
営業時間:17時〜22時(日・祝〜21時)
*要予約
*お肉がなくなり次第終了
定休日:月曜

Quenelle(クネル)

ぼくはフランスのリヨンという街が好きだ。だからリヨンの伝統料理「クネル」を店名に冠したこの小さなフランス食堂には、訪れる前から親密さを感じていたし、行ってみたら昔からの知り合いのように思えた。

シェフの屋木さんは〈コート・ドール〉出身だから、赤ピーマンのムースは絶対に頼むし、カスベ(エイの鰭)を使った料理のおいしさにも唸ってしまう。店を開いてちょうど10年だそうだ。

爽やかなトマトの香りと舌の上を転がる濃厚な味わい。赤ピーマンのムース。660円。

エイときゃべつのシェリーヴィネガーソース。2,640円。

テーブル上にあるのは紙巻きのオルゴール。

INFORMATION

Quenelle(クネル)
住所:札幌市中央区南2西8−6−4 鳥居ビル1F
TEL:011-876-8778
営業時間:17時15分〜22時(21時30分LO)
定休日:月曜 他、不定休あり。

baRmenta(バール・メンタ)

女性2人で切り盛りする小さなイタリアンの店。楕円形のカウンターの中が厨房。全方向から見つめられながら、料理したりお酒を用意する2人のキビキビした動きは頼もしい。

男性のひとり客が多いのは料理の量がそれに向いているからだけでなく、厨房の女性2人のファンだからだろう。問題はこの店が午後4時開店という点で、早過ぎる夕食が〈GRIS〉以外でも可能となると、ぼくの迷いは増える一方である。

定番のラム肉のスパイスミートボール トマトソース煮。1,100円。

シメというより良いつまみ。さんまサンド。650円。(*さんまの入荷が終わり次第終了)

店名は伊語でミントの意味。お店の2人は料理専門学校時代からの友人。

INFORMATION

baRmenta(バール・メンタ)
住所:札幌市中央区南3西7 エステラ南3条館B棟1F
TEL:011-211-5541
営業時間:16時〜翌24時(23時L.O)
定休日:毎週月曜日+月2回不定休
@bar_menta37

半径100mほどのエリアにおいしい店がぎゅっとひしめきあっている。何軒かはしごをするのが狸7、狸8の正しいまわり方。

PROFILE

案内/岡本 仁(おかもと・ひとし)
北海道生まれ。編集者、文筆家。雑誌編集者を経て現在〈ランドスケーププロダクツ〉所属。国内外を旅して各地の案内本を執筆。著書に『東京ひとり歩き ぼくの東京地図。』『みんなの鹿児島案内。』など。