好きを売る店
2024.01.23

好きを売り、好きを選ぶ。仕事人たちの愛が溢れるあの場所へ。

今回は「好き」を極めて、世界につながる扉を開いた仕事人と、訪れる者のワクワクを刺激し、「好き」を探す楽しみをくれる専門店の話。旅の途中に出合うちょっと素敵なモノと、そのモノづくりに込められた作り手の“思い”を取材した。


【file_1「好き」を売る】

札幌に根ざす、シルバーアクセサリーブランド
「Wild Wood」塩見亮平

アクセサリーのモチーフの多くは広大な大地に根を張る樹木や花、大空を伸びやかに飛ぶ鳥など、塩見さんが生まれ育った北海道の景色やそこに生きる動植物。

北海道の自然にインスピレーションを受けて生み出される塩見さんのシルバーアクセサリーは、その世界観の中にやさしい「温度」を感じる。独創的なデザインをクリエイトし、1つ1つ手作業で仕上げる工程を知ると、工房とショップが一緒になったこの空間で彼のモノづくりを間近で見られるひとときがとても贅沢に思えてくる。

ショップ内の工房で制作する塩見さん。職人がスタッフを兼ねているので、お客さんの要望にもクイックに対応できる。

塩見さんがアクセサリーに興味を持ったのは、中学時代。半世紀にわたり、札幌の若者文化を発信し続けたファッションビル「4丁目プラザ」(2022年に閉館)に通っていた頃だ。そこには当時憧れていたシルバーアクセサリーがたくさん売られていたが、それを買う小遣いはなかった。ただ売り場を眺めるだけだったという塩見さんだが見続けていると、そのひとつ一つに「もう少し立体的だったらいいのに」「ここに厚みを加えたら、高そうに見えするはず」といった自分なりのアイデアやイメージが生まれてきたと言う。
「僕が作るとしたら…」そんな思いこそが彼の原点。やがて専門学校でクラフトを学び、それが今につながる道の一歩となった。

「Wild Wood」を立ち上げたのは2007年。だが実際は自宅の小さな作業スペースで、ひたすらアクセサリーを作る日々。今みたいにECやフリマアプリもなく、卸ろし先はもっぱらアルバイト先や友人たちだった。「ブランドを立ち上げたと言っているのは自分だけで、初めて屋号を持ったという既成事実をとりあえず作った感じですね(笑)」と振り返る。それでも地道にアクセサリーの制作に取り組みながらブランドの方向性を模索したり、モチーフを探したり…自分らしいモノづくりの形を追い求めた。

センスよくディスプレイされたオリジナルのアクセサリー。什器やトレイの一部にはアイヌ紋様の彫刻が施されているものも。

幼い頃、親の仕事の都合で道内各地を転々とした塩見さんは、一番長く過ごした札幌にしっかり根を張りたいと考え、2012年に工房を兼ねたショップをオープンさせた。「時代や周囲の雰囲気に左右されることなく、ここに根ざして立つことを意識したら、自分の中にあるアイデンティティとアクセサリーのデザインが自然と繋がりました」。子どもの頃から見てきた景色や動物をモチーフにアイデアを膨らませ、創作を続けた塩見さん。オロロンライン(小樽から稚内に続く海岸線)に沈む夕陽から着想を得たサンセット&サンライズシリーズや、ハマナスなど北の大地に咲く花をイメージしたフラワーシリーズほか、オジロワシ、エゾシカなど、北海道に生きるもの、在るものをモチーフにしたデザインを次々に生み出している。

新作のフラワーシリーズ。ピアスとリングなど、夫婦やカップルで同じモチーフを身につけるのもオススメ。

好きな石を選んで入れたり、既製品にオリジナルのデザインを加えるセミオーダーも人気。

たどり着いたのは「北海道の自然のありのままをハンドメイドで表現し、手にした人に長く愛用されるモノづくり」。そんな塩見さんの想いが込められた「Wild Wood」は香港や台湾を中心に販路を拡大し、アジア各国から注目されるブランドに成長した。
「お土産屋さんに並んでいるアクセサリーのように北海道を感じるから買う、ということではなく、単純にカッコいいから欲しいと思ってもらいたいですね。そのデザインの中に北海道のエッセンスを溶け込ませることができたらいいな、と思っています」。最近はSNSを見て道外で暮らす北海道出身者からのオーダーや、北海道を訪れた思い出に購入する人も多いのだとか。「これからも札幌を制作拠点に世界を目指して、独創性のあるデザインを追いかけていきたいと思っています」と力強く語った。
フェザーリング(17,600円)はサイズに合わせて制作。目の前で磨き、仕上げてくれるのでそのまま持ち帰りが可能。※イニシャルの刻印は無料。
オリジナルデザインの既製品は11,000円〜、フルオーダー(納期は3カ月後〜)55,000円〜。※デザインにより異なる。参考価格として掲載。

INFORMATION

Wild Wood
住所:札幌市中央区南4条西14丁目1-24
TEL:011-561-2212
営業時間:12:00〜18:00
定休日:水・木曜
https://wildwood.jp


【file_2「好き」を売る】

野生のエゾシカ革を活用したプロダクトデザイナー
「24KIRICO」高瀬季里子

伸縮性に優れ、多様なデザインを実現することができるエゾシカの革に魅せられ、その可能性を追求し続ける高瀬さん。

少しずつ馴染んでいく、軽くしなやかな質感。流行に左右されることなく、ずっと持ち続けていられる安心感のあるフォルム。それでいて無個性とは対極、圧倒的な存在感…それが「24KIRICO」のプロダクト(「EZO bag」「EZO/slash」「furiru-full-re」シリーズ)を初めて手にした人の多くが、そんな印象を抱くという。数年前、百貨店のポップアップに出店していた「24KIRICO」。当時、会場の奥で「接客は苦手です」と言わんばかりに気配を消していた女性が、ブランドの企画・デザイン・縫製までを担う高瀬さん本人だったことを今回の取材で知った。実際「コロナ禍で大変な時期に頑張って売ろうと出店したんですけど、難しいですよね。売るのはあまり得意じゃないです」と照れくさそうに話してくれた。

(左)「EZO/slash bag(L)」52,800円、(右)「EZO-02bag」96,800円。

彼女が「24K」を立ち上げたのは24歳のとき。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科でテキスタイルを専攻し、ファッションデザイナーを志すも、トレンドを追いかけ続けるスピード感の中にいて「長く愛用できるモノづくりをしたい」という思いを強くした。東京で働き続けるつもりでいたが、わけあって地元である札幌に戻る決断をした。想定外だったが、ここでしかできないことを探して仕事を作ると覚悟を決めた。

そんな中、目に止まったのは、急増したシカによる農業被害や交通事故を伝えるニュース。同時にその対策として、「鹿肉」を食べようというキャンペーンも大きく掲げられ、地域ニュースでは毎日のようにシカの問題が取り上げられていた。それならば食肉の副産物としての革も有効活用するのも自然なことではないか…彼女はそう考えた。とはいえ、「自分じゃなくてもよかったんだけど、他に行動に起こす人がいなかったから」と高瀬さん。肩の力が抜けたこの独特な雰囲気と、内面から滲む芯の強さ、それは彼女が生み出すプロダクトと重なる。

斜めのラインが特徴。使い勝手の良さからリピ買いして使い続ける人も。ファスナーの持ち手の部分はエゾシカの角を使用。コインケース4,400円〜。

2008年頃からエゾシカの革の活用を進め、作品を作り始めた高瀬さん。当然、初めから上手くいくはずもなく、「シカ革の調達からつまずきました。20代の女の子の言うことなんて、誰も聞いてくれなくて(笑)周りはみんな無理だという反応ばかり。とにかく否定しかなかったですね。捨てているものが製品になるわけがない。できるならとっくに誰かが商売にしている」…風当たりは強かった。

産業として成り立っている牛・豚・羊などの革は流通経路があって、ちゃんと確保できているのに、シカだとできない理由はなんだろうと考え、行動した。小ロットでも対応してくれる職人を頼って、なめし業者に加工を依頼したこともあったが、どうしても質や数が安定しない。「畜場でも、牛や豚と混ぜたくない。シカはやったことがないとか、いろんなことを言われて断られました」。それならばロットを抱えるしかない、と大きな賭けに出たことも。

予想以上に大変な現実に直面し、苦難の連続だったと言う高瀬さん。「それだけ難しい素材だったということですよね」とまるで他人事のように語る彼女。だが、自身は扱うたびに一枚一枚違う野生のシカ革の魅力にとりつかれ、失敗を重ねながらもモノづくりを諦めなかった。

地道な創作活動を続けるうち、やがて「EZObag」「EZO/slash」シリーズは札幌市の地域ブランド「札幌スタイル」に認証され、少しずつ認知されるようになった。以来、独創的でありながら、暮らしの中に溶け込むプロダクトを提案し続けているが、この取材を受けて「EZObagが15年経ってもまだピックアップされるうれしさと、これを超えるものを作ってないんだなという反省を持って、これから向かうべき方向を探さなくちゃ」と言う彼女。新たなチャレンジを前にした、その言葉はとても印象的だった。

新ブランド「HADACA〜肌鹿〜」。コンセプトはエゾシカ一頭一頭の革を、そのまま活かすこと。コート(528,000円)1着に使用するシカ革は5-6頭分。

そして2023年、彼女はリブランディングも含めて新ブランド「HADACA〜肌鹿〜」を立ち上げた。野生のシカ革のありのままを生かし、その個性を取り入れたプロダクト(コート、ジャケット、ベスト、プルオーバー)を展開。人の一番近くに寄り添う「衣服」を素材から企画・デザインし、作り上げるという挑戦だ。「野生のシカ革はそれぞれに個性があり、同じものは二つとありません。かつてアイヌの人たちも下着に使っていたというシカ革は通気性にも保温性に優れ、しなやかに体にフィットします。その感覚をぜひ体感してほしいです」と語った。

「HADACA〜肌鹿〜」に衣服に刻印されているロゴマーク。

また、どうすればよりたくさんの人に届く、いや響くプロダクトを創造できるのか…考え抜いた末、ビジュアルにもとことんこだわった。写真家、ライター、グラフィックデザイナーに協力を仰ぎ、これまでとはまったく違う世界観を創造した。肌に直接シカ革を纏ったモデルのインパクトはなかなかのもの。だが一方で「バッグや服を選ぶとき、エゾシカだから買うという感覚はないだろうし、社会問題を自分ごととして捉えて買おうという人も少ないですよね。だからこそ、これを産業として確立させるためにはもう一段階深いところに踏み込まなくちゃという気持ちはずっとありました。今回はまずビジュアルから攻めてみた感じです」。

さらに1月18日からはパリのメゾン・エ・オブジェ に出展。革の本場であるフランスで、エゾシカ革のプロダクトがどう映るのか…「今、あらためて自分の現在地を知りたいという気持ちが強くなっています。動物愛護の関心も高い国なので、どんな反応が返ってくるかわかりませんが、しっかり受け止めてきます」。少し怖い…と言いながら、そのチャレンジを楽しんでいるようにも見えた高瀬さん。世界の反響を肌で感じた後に踏み出す、次のステップにも注目したい。

革の端材を活用したアクセサリーやブローチは3,300円〜とお手頃な価格帯。ギフトにはもちろんのこと、旅の記念品やお土産にもオススメ。

INFORMATION

24KIRICO
住所:札幌市中央区大通西18丁目1-40
TEL:011-577-8104
工房の見学・販売は事前予約制、不定休
※2024年夏ごろにショップをオープン予定。
詳しくはホームページにて
https://24kirico.com

○  ○  ○  ○  ○

【file_3「好き」を求めて通う】

24時間30種類以上のフレッシュサンドがズラリと並ぶサンドイッチ専門店「サンドリア」

常時35〜40種類のフレッシュなサンドイッチが並ぶ、ショーケース。定番からおかずパン、スイーツ感覚で味わえるフルーツサンドなどバリエーション豊かなラインナップ。

1978年にオープンした、テイクアウト専門のサンドイッチ工房「サンドリア」。新鮮でボリューム満点、しかもリーズナブルなサンドイッチが常時35種類ほど並び、「好き」を求めて毎日たくさんのお客さんがやってくる。札幌市民に長く愛されている有名店だが、4年前「ドキュメント72時間」(NHK)が放送されてからは「札幌に来たら、ここにこなくちゃ」と立ち寄る観光客や出張族も増えたという。取材をしていた日も人の列はなかなか途切れることがなかった。昼間の時間帯はお客さんの性別も年齢もバラバラというが、本当にその通り。聞けば、朝6時ごろから14時ぐらいまではほぼ行列ができている状態という。
しばらく店内のお客さんの様子を観察していると、自分の順番が来てショーケースの前に立つと、皆、表情が一変する。選ぶことに全集中だ。その日の気分か、はたまた絶対的エースを求めてか、常時並ぶ35種類ほどの中から「好き」を選ぶひとときこそが醍醐味。

手際よく、サンドイッチを作る従業員。「特別な調味料は使っていないんだけど、この素朴な味がいいのかな」。

店を切り盛りしているのは、24時間3交代で働く社員やパートなど従業員、なんと総勢30人以上! チームごとに具材の仕込みから調味、パンにはさむ仕上げと、販売までを行う。特に忙しい時間帯、それぞれが自分の役割をテキパキとこなしている様子は圧巻だ。
具材のバリエーションの豊かさも人気の秘訣だが、当然作る手間はかかる。防腐剤などは一切使っていないので、必要なタイミングで必要な分のサンドイッチを手早く製造してい可なければならない。実際、現場では「お互いに声をかけ合って『今何を、何個作ってるよ』『無くなりそうだから、何個作って』という具合に確認しながら、個数なども予測してロスが出ないように考えて作っています」と教えてくれた。失礼ながら、業者さんから仕入れてはさむだけのお手軽なメニューはないのかと尋ねると「ありません」と即答(失礼しました…)。野菜を刻んだり、ジャガイモを蒸したりするところから、ほぼすべて店内で仕込んでいるというのには驚かされた。

ダントツ人気No.1はダブルエッグ。エッグハムポテトなど1つで2種類の味を楽しめるメニューもオトク。

しっかり食べたい時にはおかず系サンドイッチを。迷ったら人気のとんかつやエビマヨからどうぞ。

冬季限定のイチゴフルーツ350円。毎年時期になると「今年はいつから?」の問い合わせがくる人気メニュー。

本店でしか味わえない「一切れサンド」。バナナキウイ、チキン南蛮各210円。

メニュー開発は「頻繁に新作が登場するわけではないけれど」という前提だが、基本的にはキッチンに立つ従業員のアイデアが形になっていくことが多いのだとか。中には「試作を経て絶対行けると思ったけれど、そんなに売れなかったり。逆に意外な組み合わせだったけど、好評だったねというものもありますね」。試行錯誤を繰り返し、お客さんに愛されたメニューがサンドリア定番の味へと昇格する。不動の1位はダブルエッグ(250円)、2位はてりたま(290円)、3位はフルーツ(250円)。
ちなみに「時間がなくて購入できない」「お店が自宅から遠い」という方には、JR札幌駅の西口コンコース待合所に昨年できたサンドリアのサンドイッチ専用自動販売機での購入をおすすめしたい! お店のようにこまめに補充はできないが、定番の人気メニューを手軽に購入できると好評だ。

INFORMATION

サンドイッチ工房 Sandria 本店
住所:札幌市中央区南8条西9丁目758-14
TEL:011-512-5993
営業時間:24時間営業、年中無休 ※12/31〜1/2は休業
https://www.s-sandwich.com
 
サンドイッチ工房 Sandria 屯田店
住所:札幌市北区屯田6条4丁目4-25
TEL:011-788-4495
営業時間:9:00〜17:00、年中無休 ※12/31〜1/2は休業

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