アート札幌
2024.02.23

札幌のアートと建築を巡る探検

かつて。街の中心には聖堂がすえられ、秩序の光は祈りの場から発していた。現代といえば、駅に銀行にショッピングモールと、効率よく暮らすことが何よりも優先された配置となっている。だから、ともすれば生産サイクルから振るい落とされてしまいがちな秘めやかな教会や、風土が生んだ美術家、建築家の作品なんかが暮らしの中へ自然に紛れ込む札幌は貴重な街だ。歩くもよし。地下鉄もよし。トラムもよし。疲れたなと足を止めれば、さっそく通り向こうへ「珈琲」の看板が見えた。

Photo: Hitoshi Okamoto, Misato Oka / text: Misato Oka

このページは、雑誌『BRUTUS』2018年11月1日発売号(#881)掲載の中でも、特に反響の大きかった記事をピックアップしています。

お薦めのコインロッカー。

札幌駅に移動するや「お薦めのコインロッカーがあるから荷物を預けちゃいましょう」と含み笑いをする先輩の後を首を傾げてついて行くと、白いすべらかな彫刻がヌッと現れた。

「安田侃の作品脇から降ります」。すると今度は階段下がパッと華やいだ。「星印の北海道道章をデザインした栗谷川健一の壁画です。ロッカーはこの裏ね」。なるほど!広い構内で、このアイコンさえ記憶すればアートファンならずとも迷うことはないだろう。

「妙夢」安田 侃
●JR札幌駅構内
西口コンコースで自然光を浴びる大理石の彫刻。通りすがりの子供は穴をくぐり、大人はもたれて待ち合わせ。安田は、イサム・ノグチと同じ、ピエトラサンタ(伊)の大理石工房で制作を続けている。

「きたぐにの詩」栗谷川健一
●札幌駅地下街〈アピア〉
赤煉瓦の駅舎から移設され、2世代にわたり親しまれる。労働風景の中でギターを爪弾く女性の姿がなんだかホッとする。アピア セントラルアベニューB1。ちなみにロッカーはICカード対応。

〈まるたか〉で摩周湖並みにトロンと澄んだ塩ラーメンを啜ったあとは〈札幌聖ミカエル教会〉へ。重厚な道産の煉瓦やトド松で壁や屋根がたくみに築かれる一方、窓に貼られた和紙が直射日光を和らげ、祈りの場にふさわしい静かな光を礼拝堂へ届けている。長椅子に腰かけたら、てきめんに眠たくなってきたから、住宅街を引き返し珈琲ブレイクとなる。中煎り珈琲の甘さと、石壁に反響するジャズが渾然一体となった〈苺館〉の居心地は我々を長尻にするが、まだ北海道大学という怪物級が控えているからうかうかしておれない。

札幌聖ミカエル教会
●北18条
設計はアントニン・レーモンド。ただし個人の奉仕として受けたため事務所の記録にはない。施工とレーモンド事務所との窓口は上遠野徹。完成後、レーモンドに出来栄えを褒められたそうだ。
●札幌市東区北19東3-4-5

平凡なオフィス街から環状門へ踏み込んだ途端140年過去へタイムワープを余儀なくされるのは 〈札幌農学校第2農場〉のお陰だ。クラークが畜産農業を伝える拠り所とした美しいサイロを見れば、札幌軟石が多用されていることに気づく。4万年前、千歳から流れ出た火砕流を切り出したこの肌理細かな建材は、開拓時代の必需品だ。やれ、明治どころか太古の息遣いまで聞こえてくるぞ。ひるがえって〈クラーク会館〉はミッドセンチュリーモダン、〈北海道大学総合博物館〉 はゴシック、〈工学部建築・都市スタジオ棟〉 は21世紀であるし、キャンパス全体が時空と様式を跨いだ建築コレクション・ランウェイではないか。

札幌農学校第2農場
●北海道大学
牛頭のレリーフなど実用を超えた細部の洒脱にも注目。クラークが残した呼吸する遺産はレトロテーマパークとは無縁の臨場感だ。リベラル教育の理念が掲げられた設立時の空気感をそのままに、経年の美しさを維持させる管理に深く感謝する。

クラーク会館
●北海道大学
1959年竣工。設計・太田實。戦後モダニズムの結晶のような建物にはイームズ・チェアが似合いそう。見学の日は催しがあったらしく、学生の活発な声がホールへ響いていた。併設するクラーク食堂のラーメンは343円~。

北海道大学総合博物館
●北海道大学
「北大のリベラリズムを証明するような東京大学総長 矢内原忠雄のスピーチが興味深いからぜひ読んで」と立ち寄ったら、あいにくの休館。必ず機会を作って再訪します!閉館日は月曜。祝日の場合は翌日。

工学部建築・都市スタジオ棟
●北海道大学
ガラス張りの建屋はキャンパスの四季へ溶け込むカモフラージュ建築(*公開講義や展示会開催時以外は非公開)。先輩の万歩計は3万歩だ。構内新設〈セイコーマート〉で休憩すればよかった。

南のサンクチュアリを訪ね北の遠近感に遊ぶ。

〈さっぽろテレビ塔〉 前で待ち合わせ。東豊線で南下する車窓から町並みを眺め「僕が住んでた頃は三角屋根の家しかなかったけれど、今は平らな屋根が多いよね」と先輩。そしてこれから見学する〈上遠野徹 自邸〉はその極みだ。北の地へモダニズムを根付かせたキーマンは既にこの世を去っているが、建築事務所を継がれた子息・上遠野克さん家族がここを守り、全国から訪れる建築家の卵に勇気と学びを与える、いわばサンクチュアリなのだ。実験精神からビル資材や不良品の煉瓦などが用いられ、またプロポーションは裏から見るとミース、横から見るとイームズ、正面から見るとフィリップ・ジョンソン、室内は桂離宮と「コラージュ」様で、それらがあまりに見事に調和し一切の破綻がない。つい凜とした姿に目も心も奪われてしまうが、肝はあくまで快適さ。「冬が良ければすべて良し」と断熱材を張り巡らせ、全室パイプでつながる石油式床暖房にいち早くトライした。美しくも過酷な北の自然をギフトへと変換した魔法の数々を、克さんからつまびらかに聞く時間は夢心地であった。

さっぽろテレビ塔
●大通(西1丁目)
「塔博士」の異妙を持つ建築家・内藤多仲が名古屋テレビ塔('54)、通天閣(’56)に続き57年に竣工した札幌の大正解。脚元に点在する小さな「とうきびワゴン」と好対照だ。東京タワーが建ったのは翌年のこと。

上遠野徹 自邸
●川沿
上遠野徹が「実験住宅」と呼んだ自邸。〈米澤煉瓦〉の温かい色味やコールテン鋼の錆は、新緑のみならず雪景色に映える。障子は、和紙を両面から二重にくるむ太鼓貼り。和の雰囲気を抑えると同時に、高い保温性が狙い。「正しい道を進め。列を乱すな」は、生前、上遠野徹が講演会で述べたという凄いフレーズだが、克さんは「そこまで厳しくなかった」とニヤリ。
●札幌市南区川沿9-2-1-23/TEL:011-571-5712
*現在、建築を学ぶ一部の学生以外に一般公開はしていません。

上遠野建築事務所
●川沿
代表作に〈聖園こどもの家〉〈神愛園手稲〉等。風土と地域文化を読み取り、積雪地の快適さを工夫と技術で実現する上遠野徹のイデアは、上遠野克さんへ確かに受け継がれていた。上遠野徹自邸の敷地内に在所。

〈モエレ沼公園〉 はつい先月訪れたばかりで余韻に浸っている状態だったし、先輩も足繁く通っていることを知っていたから「パスしませんか?」と私は提案したのである。しかしにわかに先輩の顔が曇ったのを察知し、ぐぐっと北上。結果から述べると「先に行きますよ」と去りゆく先輩の背中を見送るのもそこそこに、盛夏とは別人のように成熟した美貌の人工丘〈プレイマウンテン〉を身体一杯感じるのにいそしむがあまり、夕飯の集合店〈茶月斎〉にも遅刻。一体なぜ私はパスしようなどと間抜けなことを言ったのか?

モエレ沼公園
●モエレ沼公園
平和なランドスケープの下に大量のゴミが埋まっているとはうまく想像出来ない。NYで模型を披露した後に急死したため、ノグチは造園に関われなかったが、そのことが独特の浮遊感の理由につながっているかもしれない。

「海の噴水」イサム・ノグチ
●モエレ沼公園
水を素材とした彫刻はオペラさながらの起承転結で、ラストに少し泣く。ちなみに、花火プログラマーの友人が夏にここで花火を上げるのだが、イサムも喜んでいると勝手に思っている。

美術館をめぐり歩き札幌のヘソに戻る。

彫刻家のモダンな自邸を、故人の気配さえ残し美術館へ転生させた 〈本郷新記念札幌彫刻美術館〉 は、アートと建築の関係がすこぶるフェアだ。ハンバーガーでいったらパテとバンズの関係というか、作品と箱、どちらが勝るでも劣るでもなく等身大の潔い空間を保っている。じっくり作品を味わえたのもきっとそのせいだ。「街で本郷のブロンズはよく目にしていたけれど、石膏原型を観ると感じ取れるものが飛躍的に増えるね」と感嘆する先輩はフリーペーパー『ART FOR ALL』を刊行している。そのことをふと思い出し、近くの公園で見つけた本郷の可愛らしい「鳥を抱く女」像に案内した。権威や愛好家だけでなく、すべての人に届くアートを。民主主義は町の隅へ健康な美を咲かせるに適った政治形態だとしみじみ思う。

本郷新記念札幌彫刻美術館
●宮の森
〈札幌彫刻美術館〉分館。部屋から庭の作品を、その反対からも眺められるよう大きく開口部が取られる。寒冷地ではあり得なかった開放感一杯の自邸兼アトリエ(現・記念館)の設計も上遠野徹。
●札幌市中央区宮の森4-12-2/TEL:011-642-5709

「鳥を抱く女/朝」本郷 新
●宮の森緑地
大通公園の「泉の像」が最も有名な本郷作品だろう。が、公園の隅にも目を向けて欲しい。子供の頃、一度すれ違っただけの鶏を抱える野性的な少女が忘れられず、後にシリーズ化した。

〈北海道立近代美術館〉 のコレクションは、“アイヌ”と“大和民族”のパラレルな関係がもたらす魔術的な側面を誠実にすくい取っていた。
先輩は神田日勝の前でさっきより背筋が伸びている。隣りの〈三岸好太郎美術館〉へ移れば、三岸晩年の快作「海洋を渡る蝶」ばかりか、中野に残る自邸の構想画や、バウハウス出身・山脇巌との交流から生まれた自由なコラージュがあり大収穫だ。
ところで先輩も私も自分のペースで鑑賞することを好み、入館するや蜘蛛の子を散らすように(2匹だが)解散となる。なにかしら発見があれば後から話し合えるし、感動のポイントが異なる人とこそ、連れ立って美術館へ行くのが愉快だと思う。それにしても、朝からアートに集中し続けてフラフラだ。お昼に〈うな明〉で鰻をお腹へ入れておかなければ、共倒れしている頃だろう。

北海道立近代美術館
●西18丁目
作品のキャプション、展示方法、なにをとっても情熱的な学芸員が支えていることがわかる。鑑賞後、見晴らし最高な2階吹き抜けでソファにどっかり座り、カップ珈琲を飲んだ。
●札幌市中央区北1西17/TEL:011-644-6881

「壁と顔」神田日勝
32歳で夭折した北海道を代表する油画家。農業と画業に励んだ。アーティスト・奈良美智氏がリスペクトを表明したお陰で、この稀有な画家の存在を知った岡本さんは、鹿追町の個人美術館へも訪れた。北海道立近代美術館蔵。

北海道立三岸好太郎美術館
●西18丁目
絵画/詩作で大冒険した好太郎は31歳で夭折する直前にも「建築家になるべきでした。絵画よりずっと先進的です」と述べた。
●札幌市中央区北2西15/TEL:011-644-8901

これにて“The Walking Nerds/散歩オタクたち”による探検はいったんお開きとなる。充実を確かめ合い、一人で歩き出してから、しまった! 重大な忘れ物を思い出した。それでイサム・ノグチの〈ブラック・スライド・マントラ〉 を目指し大通公園の中心へ向かう。そこは札幌の臍でもある。マントラ(祈り)と名付けられた巻貝状のすべり台では、今日も市民が飽くことなく昇り降りを繰り返し、そのたび、快楽のトルネードが起きる。私も皆にならって地球の自転と同じ右回りで滑った。そしてこの螺旋が札幌の中心にすえられていることにひどく納得がいった。美の秩序が、またエネルギーが、ぜんまいを巻き上げるように蓄えられるうちは、札幌はきっと安泰だ。

「ブラック・スライド・マントラ」イサム・ノグチ
●大通(西8丁目)
「すべりの禅」とし、繰り返し昇り降りすることで彫刻の意味をお尻から感じろ、とイサムは述べたが、私は人目を気にして1回滑るのがやっと。最後のきついカーブで声を上げた。

探訪者


岡 美里 ●美術作家
東京都墨田区生まれ。各地で展覧会を開きつつ新旧の名建築巡礼も欠かさない。行ってみたい所は英国〈バーバラ・ヘップワース美術館〉。東京文化会館の〈精養軒〉でハンバーグをつまみに前川國男建築に酔いしれる。


岡本 仁 ●編集者、文筆家
北海道夕張市生まれ。最近は旅に出るのが仕事になりつつある。旅先で食事と食事の間にすることといえば名建築と美術鑑賞。博多・西中洲の〈河庄〉で吉村順三建築にうっとりしながら昼酒が飲める身分になりたいなァ。

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