さっぽろ散歩
2023.12.01

札幌駅〜すすきのまで。昭和ノスタルジーに出会う、〝地下マチ〟歩き

札幌駅周辺と大通・すすきのエリアは地下でつながり、1年を通じて安全&快適に歩くことができる。中でも地下鉄大通駅周辺には昭和ノスタルジーを今に残す、ちょっと素敵な場所がある。地下空間が紡いだ、いくつかの物語を紹介しよう。

photo: Yoshitaka Morisawa / text: Aiko Ichida

立体都市の始まりは、さっぽろ地下街の開業から

例年、4~5か月は雪が覆う札幌だが、地下にもぐればそこにはもう一つの巨大な「マチ」が存在する。それは雪道を歩き慣れていない旅人にとっても空模様を気にすることなく、都心散歩が楽しめるありがたいインフラだ。
1日の乗降客が15万人を超える地下鉄大通駅を拠点に、札幌駅から南北につながるのは「札幌駅前通地下歩行空間」(通称チ・カ・ホ)〜さっぽろ地下街「ポールタウン」〜地下鉄すすきの駅。さらに大通公園直下にあり、東西に伸びるさっぽろ地下街「オーロラタウン」の東側は道内各地に向かう高速バスのターミナルがある地下鉄東西線バスセンター駅とも直結している。

札幌都市開発公社の参与・宮古康宏さん。長く営業部長を勤め、さっぽろ地下街の変遷を見届けてきた一人でもある。

取材を行った会議室には、さっぽろ地下街開業当時のまちの面影を残す絵画が掲出されていた。左が大通公園とオーロラタウン、右が駅前通りとポールタウン。地上と地下の立体構造がよくわかる。

中でもさっぽろ地下街「オーロラタウン」と「ポールタウン」は地下歩道でありながら、両側にはファッション、美容、雑貨、グルメなどの店が軒を連ねる都市空間として、市民・観光客問わず毎日多くの人が利用している。
さっぽろ地下街を管理・運営する(株)札幌都市開発公社の参与・宮古康宏さんに話を聞くと「地下街は1972(昭和47)年の札幌冬季オリンピック開催に向けて進められていた地下鉄の建設を機に誕生しました。もとは非常に交通量が多かった狸小路3丁目と4丁目の間に地下歩道を造ろうということで始まったのですが、市民や経済界から、この機会に札幌中心部を快適に移動できる大きな地下街を、との要望が高まったことで、それならばと動き出したようです。地下鉄南北線の上にポールタウン、東西に広がる地下駐車場の上にオーロラタウンを建設する構想がまとまり、開削工事を行ないました。そして着工からわずか1年半という早さでオリンピックの前年に完成、営業開始に漕ぎ着けたんです」。今ではとても考えられないスピードでまちの近代化が加速した時代。オープン当時、通路の両側に並ぶ店は合わせて150店舗以上あり、開業日には35万人もの人出があったと言う。当時の札幌の人口が105万人というのだから、すごい数字だ。
現在も「トレンドを扱うファッション店舗はもちろんのこと、長く愛されているブティックやグルメ・スイーツのお店、お土産にもおすすめの食べ物や雑貨を扱うお店など多彩なラインナップが揃っています」と宮古さんは胸を張る。

時代に合わせて変化したもの、変わらず受け継がれてきたものが融け合う地下空間。開業当時の面影を今に残すノスタルジックな風景と、それを見守ってきたやさしい“人”たちを取材した。

思い出を刻む、昭和レトロな喫茶店「ジュアン」

ポールタウン大通側の入り口手前にある「ジュアン」。この場所で52年間、人の流れとまちの変化を見守ってきた。

地下鉄大通駅の南改札口を出てすぐ右側にある喫茶店「ジュアン」は、地下街の開業以来営業を続ける、数少ないテナントの一つ。店の前で取材をしていると、昔ながらのショーケースに並ぶパフェやピザトーストの食品サンプルを撮影する若者がいたり、常連らしきミドルエイジがこちらの様子を少し気にしながら店内に入ったかと思えば、サラリーマンが“一服”を終えて仕事に戻っていく…まるで早回しの映像を見ているような錯覚に陥るほど、人の往来が多い。
店を切り盛りするのは川田敏子さんと、長年店を支える従業員やアルバイトのスタッフたち。「もともとは弟が営んでいましたが、8年前に病気で亡くなってしまってね。後を託された夫と一緒に引き継いだんです」。夫の和男さんは、経理を担当。「63歳で定年退職してからは、ゆっくり時間を過ごしていたんだけど、76歳でまた新しい人生が始まりました」と振り返る。「働いているスタッフと、この店を愛してくれる常連のお客さんを守りたい、その一心でした」とも。さっぽろ地下街共通の休業日である、元日と年2回の設備点検日以外は、毎日お店に“出勤”しているという二人。年を重ねて尚、元気に働く姿に力をもらっているという常連客も多いのではないだろうか。

ジュアンを経営する川田和男さんと敏子さんご夫婦。取材中、「50年以上もお店を続けられたのは、お客さんや働くスタッフのおかげ」と周囲への感謝を何度も口にした。

「小さい頃、親に連れられて来た」「大学生の時に初めて1人で喫茶店に入ったのがこの店」「実はジュアンでお見合いしたんです」…懐かしい思い出と共にコーヒーやパフェ、ピザトーストなどを味わうお客さんも少なくない。「まだあったんだ!」と言われるたびに続ける意味をしみじみ実感しているという敏子さん。
お客さんとの間に生まれるやさしい絆に感謝する毎日というが、接客はほどよい距離感を心がけている。「それぞれ過ごしたい時間があるでしょう? そのひとときを大切にして欲しいから、自分からはそんなに話しかけないの。でもお客さんから声をかけられたら話し相手にはなるのよ。いろんな出会いがあって、毎日楽しいの」と幸せそうに語る表情が印象的だ。この店の歴史に自分だけの小さな思い出を残したい…そんな気持ちにさせてくれる素敵な空間だ。

“昔ながら”の「チョコレートパフェ」は980円。シロップに浸かったパインやミカン、モモの味わいが懐かしく、生クリームもたっぷり。老若男女に人気の一品だ。

INFORMATION

ジュアン
札幌市中央区南1条西4丁目 さっぽろ地下街ポールタウン北側
TEL:011-231-3320
営業時間:9:30〜L.O19:30(土・日曜・祝日〜L.O19:15)
※愛煙家歓迎

世間話をしながらショッピングを楽しむ、街の洋服屋さん「Kent Ave.」

開業初日から、Kent Ave.で働く堀 政信さん。地下街と共に歩んだ仕事人生は現在も続き、週4日は店頭に立って接客を担当している。

仕立てのいいスーツを纏い、紳士の風格が漂う堀 政信さんは「Kent Ave.(ケントアベニュー)」オーロラタウン店の販売スタッフ。アメリカントラディショナルとIVYファッションが培った歴史をベースに置きつつ、時代のニーズに合った新鮮なファッションを提案するブランドで50年以上、接客やマネジメントを経験してきた。地下街開業前、「試験を受けて入社が決まった時は本当に嬉しかった」と堀さん。「あの地下街で働ける!」、それは当時のアパレル業界においてはステータスだった。20歳で働き始め、東京や大阪勤務も経験。2000年から再びこの店に立ち続けている。

70年代当時の愛車フォルクスワーゲンのビートル(ピンク!)。車通勤をしていたそうで、出勤前の朝に撮影した1枚が残っていた。白いジャケットを着用しているのが堀さん。

「地下街も、働き方もファッションと同じで、その時代時代で変化していますよね」と堀さん。「開業日はとにかく人で溢れかえっていましたよ。レジの前に長蛇の列ができて、その対応と接客で大忙しだった記憶があります」。
訪れるお客さんの中には長年の顧客も多く、堀さんとの世間話を楽しみにしている人も。最近は息子や孫のハレの日に「似合う服を」と見立てを頼まれることも少なくないという。「代々と言ったら大袈裟ですけど、そうやって縁がつながっていくのはありがたいですね」。そんな人たちにとってはもはや商業施設のテナントというより、老舗のテーラーのような存在だ。
「新しい服を買っていただいたお客様を見送るときには、いつもその背中に“この服を着て、人生を、日常を楽しんで”と心の中で伝えています」と堀さん。スーツだけでなく、アウターや小物も揃うので旅先で急に防寒アイテムが必要、となった時にもぜひ気軽に足を運んでほしい。

オーロラタウンの中央あたり「ローソン向かい」を目指すとわかりやすい。

INFORMATION

Kent Ave.
札幌市中央区大通西3 さっぽろ地下街オーロラタウン
TEL:011-231−0301
営業時間:10:00〜20:00

ファストフード感覚で味わう、立ち食いそばの店「ひのでそば」

地下鉄大通駅南改札口を出てすぐ右手にある「日の出ビル」。その地下にある「ひのでそば」も1971(昭和46)年に開業。平日はサラリーマン、週末は買い物客や観光客で賑わい、多い時は1日800〜900人のお腹を満たす人気店だ。
日中はパートのお母さんたちを中心に6人体制で店を切り盛りしている。接客は「手早く!」をモットーにそれぞれが役割を担い、阿吽の呼吸で一杯のそばを作る。「かけそば」をオーダーすれば、たったの30秒で「はい、どうぞ」。まるでファストフードのようだが、お店裏の調理場は大きな寸胴鍋にカツオ節とアジで出汁をとったり、天ぷらの準備をしたりと仕込みに大忙しだ。やや濃いめのつゆと、やわらかい麺、たっぷりのネギがどこか懐かしさを感じさせるのが、“ひので”ならではの味。

カウンターから少し離れたテーブル前のユニークな張り紙も話題に。これが掲出されてから「唐がらし」を持ち帰る人はほとんどいなくなったという。

コロナ前から外国人観光客も増え、身振り手ぶりのジェスチャーと単語をつなげて対応していたが、最近はスマホの翻訳機能を使って接客もずいぶんスムーズになったと言う。昔は男性客がほとんどだった“立ち食い”も50年以上の時を経て、世代や性別、国境をも越えて愛される味に。もちろんタイムパフォーマンスも文句なしだ。

混み合うのは11:30〜14:00のお昼どき。これからの季節は茹でたての温かいそばでお腹を満たし、体を温めよう。

INFORMATION

ひのでそば
札幌市中央区南1条西4丁目13 日之出ビル 地下2階
営業時間:7:00〜L.O21:15
無休


さっぽろ地下街を歩く楽しみ
おすすめ3選

1.待ち合わせの定番スポット「HILOSHI」と「小鳥のひろば」


待ち合わせスポット「HILOSHI」は、黄色でデザインされた大型ビジョンのこと。大通駅周辺での買い物や食事などの集合場所として、長年親しまれている。「人間くさい発想で(Human Idea)、地域の声や目を大切にし(LOcality)、市民の一人として参加していたい(Citizen SHIp) 」メディア、というコンセプトからその頭文字がとられた。


大通公園の自然を地下にも再現しようと、開業当初から設置された「小鳥のひろば」は現在3代目。昔は数種類の鳥たちが一緒に暮らしていたが、今はインコのみ。毎日朝と夕方に清掃スタッフが鳥たちの健康チェックを行い、体調管理を行うなど手間暇かけて大切に育てている。マイクを通して小鳥のさえずりを聞くことができる、癒やしのスポット。

2.トイレのピクトグラムはマフラー姿!?


さっぽろ地下街に設置されている各トイレのピクトグラムは、なんとマフラー姿。開業当初の担当者の“遊び心”を今に受け継いでいるが、「北国らしい」と観光客からも好評なのだとか。

3.オーロラプラザの大型ビジョン「AUMIRU」に流れる滝の映像のヒミツ


オーロラタウン内にある「オーロラプラザ」には開業当時、高さ4m、幅15mの滝と噴水の池があった。その後、10周年のリニューアル工事で池を縮小、30周年の時に撤去し、滝の流れていた壁だけを残していたが、50周年を迎えた2年前にその壁も撤去。大型ビジョン「AUMIRU」が設置された。その時にこの場所に滝が流れていたことを今に残すため、15分に一度、四季折々の滝の映像を流すことに。知る人ぞ知る、昭和の名残はこんなところにも。

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