さっぽろ散歩
2024.12.27

狸小路の小さな名画座は映画界の宝。札幌市民が支える「シアターキノ」へ

札幌の中心部・狸小路商店街に、札幌市民に愛される映画館がある。1992年に“日本一小さい映画館”として営業をスタートしたミニシアター「シアターキノ」だ。30年以上に渡り個性豊かな作品を上映し、映画ファンの心を動かす映画を届け続けている。代表の中島洋さんと二人三脚で運営する、支配人の中島ひろみさんに話を聞いた。

Photo:Akiko Tsuda / Text:Tamaki Soga

シアターキノ支配人の中島ひろみさん。壁には、キノを訪れた映画監督や俳優たちのサインやメッセージが記されている。

映画ファンの出資に助けられ
日本一小さな映画館が1992年に誕生。

シアターキノの誕生は1992年。中島さん夫妻が営んでいた映像ギャラリー「イメージ・ガレリオ」を映画館にする形でスタートした。「ガレリオを始めたころは、札幌にミニシアターは何軒もあって、私たちは映画館ではやらないアート作品や映像を発信していました。でも、レンタルビデオ店ができて映画館が次々となくなり、ついに最後の1軒だったミニシアターが閉館すると聞いて、まさか!と。でも初めは誰かがまた始めると思っていました」と振り返る。ところが、その動きは見えないまま時間が過ぎていく。ミニシアターで多様な国の魅力的な作品に出会った中島さんには、一大事に思えた。「私たちに何が新規追加できるかと考え、各地のミニシアターに話を聞きに行きました」。福岡、岡山、大阪、京都、名古屋、東京…と回り、仕事内容や経営について聞くと、どこに行っても「大変だよ」「今やるのは無謀」と言われた。「でも、皆さん映画の話になるとすごくうれしそうで、会話が弾むんです。それを見て、こういう場所があることが大事なんだと思えて。帰りの飛行機の中で、イメージ・ガレリオを映画館にできるならやってみたいねという話になりました」。

シアターキノが入居する南3条グランドビル入り口。上映中の作品のポスターが並ぶ。

とはいえ、映画館にするには資金が足りない。そこで市民株主を募集したところ、一口10万円で104名が手を挙げた。集まったお金に夫妻の貯金を加え、イメージ・ガレリオを改修。座席数29の小さな映画館が船出した。

当初は苦戦したものの少しずつ認知され、3年で黒字が見えた。「恋する惑星」「トレインスポッティング」などヒット作にも恵まれ、スクリーンを増やそうと、建設中だった現在のビルに移ることに。この時も市民株主を募り、北海道外を含め410名からの申し込みがあった。「私たちがやろうとする文化と、それを通じた出会いのある場所に期待してくれたのだと思います。この時に皆さんから受け取ったものを忘れず、苦しくても自分たちがいいと思う映画を、正直に上映し続けることが責任だと思っています」。

映画館は“映画の最終監督”。
作り手から観客へ橋渡しする場所。

大切にしている言葉がある。「キノがオープンする前に(2020年に亡くなった映画監督の)大林宣彦さんに『映画館は映画の最終監督なんだよ』と言われたんです。作り手が作った映画をいかに正確に届けるか。それがとても大事な仕事だということです」と中島さん。

キノや映画への思いを、生き生きと楽しそうに話す中島さん。インタビューはキノに併設する「KINO CAFE」で。

例えば、映画には「ビスタ」「シネマスコープ」などいくつかの画面比率がある。セッティングを間違えればカーテンで画面が見切れたりするので細かくチェックをする。同様に音にも神経を使うという。「繊細な音を繊細に聴かせ、心に届けられるかも大切。だからシアターキノでは、毎朝同じ作品で変化がないか音をチェックしているんです」。

作り手は、すべての上映館をチェックできない。出来上がったら委ねるしかないのだ。「どれだけ作り手の思いに寄り添ってお客さまに届けられるか。“最終監督”として橋渡しをしています」。

ロビーの展示にも愛が感じられる
ミニシアター作品だからこその工夫。

ロビー展示もキノでの楽しみの1つだ。上映中や上映前の作品のポスターやチラシ、関連記事の切り抜きが所狭しと貼られている。作品選びの参考になるのはもちろん、観賞後、解釈に迷ったりモヤモヤしている時に、作品理解のヒントをもらえることも多い。

2階に上ると、廊下に貼られたポスターや記事が目に入る。

「ミニシアターの上映作品は、わかりやすい映画だけではなく、見た後にじっくり噛みしめるような作品が多いですよね。だから作品によっては、インタビュー記事の抜粋など作り手の考えがわかるものを掲示することもあります」と中島さん。自身がミニシアターの映画に支えられ、多くを学んだ経験から、「映画で世界観が広がることは間違いなくあると思います。少しでもその手伝いができたらうれしい」と、観客と映画との出会いを、より意味あるものにするための優しさが見える。

ロビーには記事の切り抜きもずらり。壁にはキノを訪れた俳優たちのサインも。

2カ月に1回発行される「ムービーラインナップ」は観賞計画を立てるのに欠かせない。12月発行号(右)は、中島さんイチオシのブータンの映画「お坊さまと鉄砲」が表紙。

一番支えてくれていたのは、人。
大切なことに気づかされたコロナ禍。

32年の歩みには紆余曲折もある。「コロナ禍では映画も場所もあるのに、お客さんを入れてはいけない。そんな状況を経験し、映画って人がいないと成立しないものだと実感しました」と中島さんはしみじみ語る。少しずつ人を入れられるようになった頃、常連客に掛けられた「良かったね」の一言が心からうれしかった。「私たちは映画に支えられているけれど、一番は人に支えられていたと気づかされました。さまざまな映画があって、いろんな人が映画に合わせてやって来て、観た人の世界が少しだけ広がるかもしれない。映画館はそんな出会いの場だと再認識したし、人が集える貴重さを実感しましたね」。2022年には30周年を記念して「若き日の映画本」も上梓。是枝裕和監督をはじめ、シアターキノに縁のある映画監督や俳優、評論家など錚々たるメンバー41人が、若い人に薦めたい映画について語るエッセイ集だ。ここ札幌狸小路にあるミニシアターは、日本映画界にとっても宝なのだ。

左はボランティアスタッフの塚本雪子さん。シアターキノは約40名のボランティアスタッフに支えられており、塚本さんは7〜8年続けているベテラン。

手前が「若き日の映画本」。右は30周年の時に「若き日の映画本」購入者へのプレゼントとして作成したポスターと同じ図柄のクリアファイル。キノ32年間の総上映リストとセットで発売されている。

Information

シアターキノ
札幌市中央区南3条西6丁目 南3条グランドビル2F
TEL:011-231-9355
https://www.theaterkino.net/

この記事をシェアする
  • LINE