愛される理由
2024.01.12

裏側を知るともっと面白い。雪像造り50年の元自衛官に聞く「深まる、ささる」さっぽろ雪まつり

今年で74回目の開催となる「さっぽろ雪まつり」。極寒の2月に開催される真冬の風物詩は、国内外から注目を集め、2023年には来場者数約175万人を記録した。そんな冬の祭典を陰で支えてきたのが、大雪像を造る自衛隊の存在だ。なぜ自衛隊?あの雪像をどうやって?など、知ればもっと面白くなる雪まつりの裏側を、50年にわたって雪像造りに携わる元自衛官に聞いた。

写真は第70回(2019年)の制作風景。雪に描かれた設計図をもとに粗削り・ネタ張りをして仕上げていく。

雪像造りは雪中訓練の一環だった!?

数週間後には雪まつりの舞台となる大通公園を歩く森岡さん。

1950年、地元の中高校生が造った6つの雪像から始まり、53年には高さ15mの大型雪像が登場、55年から自衛隊が参加すると、飛躍的に規模が拡大。今や北海道はもとより、日本を代表する冬の祭典として世界に知られるようになった「さっぽろ雪まつり(以下、雪まつり)」が、今年も2月4日(日)〜11日(日・祝)、札幌市内3つの会場で開催される。
メイン会場となる大通公園で、「雪まつりはライフワークの一部ですよ」と笑うのは、元自衛官の森岡孝友さん(70歳)。雪まつりの会場を彩る雪像造りに、自衛官として28回、札幌市の嘱託職員として15回、合計43回も携わり、長きにわたって「現場責任者」としても活躍した。いわば雪まつりの“生き字引”的な存在だ。今年もボランティアを率いて、雪像造りに取り組む森岡さんに、雪まつりについてのアレコレを聞いた。

「後進の育成にも力を入れなくちゃ」と、先を見据える森岡さん。

——そもそも、どうして自衛隊が雪像を造っているのですか?

森岡さん:今は、後方支援という形で関わっていますが、その昔は雪中訓練の一環だったと聞きました。雪を活用してイグルー(一時的な寝床)を造るとか、雪の性質を知るとか、自衛隊員は雪に対するノウハウを持っていなくてはいけません。安全に配慮しながら、大型の雪像を造ることも訓練になるんですよ。僕が入隊した当時は、部隊の名誉がかかるスキー競技会があって、そこに出場するチームと、雪まつりで作業するチームに分けられました。僕は京都府出身でスキーはそんなに得意じゃない。設計図が描けたということもあって、雪まつり専門要員でした。

——森岡さんはどのように雪まつりに関わってきたのですか?

森岡さん:自衛隊は主に大雪像を担当するんですが、僕も最初は雪運びをしたり、足場を造ったりという作業を担当していて、そのうちに雪像の設計図を描くようになって、徐々に階級が上がってくると部隊をまとめる役回りを担ってきました。今は市の嘱託職員として民間の方々と一緒に作業したり、現場監督みたいなこともしたり。もうそろそろ引退してもいい頃なのですが、まだまだ体は動くし、若い人たちに技術を伝えなくちゃと思って頑張っています(笑)。

壮大かつ繊細な雪の芸術品はいかにして生まれるのか!?

作業初期の段階では、雪を搬入しながら作業が進められる。

——あの大型雪像は、すごいスケールですがどうやって造っているのですか?

森岡さん:毎年10月くらいから準備を始めるのですが、1か月半くらいディスカッションを重ねて、テーマが決まったら粘土で模型を作ります。毎年12月の半ばには大雪像のテーマを発表する必要があるので、それに間に合わせないとね。年が明けたら雪を運んで2〜3週間で完成させます。作業を始める前には、神主さんをお招きして安全祈願も欠かしませんよ。

安全祈願の様子。

——雪はどこから運んでくるんですか?

森岡さん:札幌市内の郊外から、トラックで運びます。純白であることが大切なので、街中の雪や除雪された雪は使いません。数年前に記録的な雪不足の年があって、そのときは倶知安町から2時間半くらいかけて運びました。あれは大変でしたね。

——大雪像はどのくらいの大きさなんですか?

森岡さん:大型雪像は横幅が17〜18m、高さが15mくらいあるので、足場を組んで作業しますが、一番上は結構怖いですよ。もちろん、命綱をつけて作業します。完成後も会期中に補修作業ができるように、雪像の左右に階段をつけているのですが、中央部分には足場がないので、作業車から宙づりになって作業することもあります。
大きな雪の塊はエンジン付きのチェーンソーで削りますが、オイルで雪を汚しちゃいけないので、ある程度大まかに削った後は、電動チェーンソーを使うか、ほとんどは手作業。いろんなサイズのケレン棒や包丁なんかも使いますよ。ケレン棒は本来、コンクリートを削ったり船底に付いたフジツボを取ったりするのに使う道具ですが、雪像造りには大活躍。細かいところは1cm単位の作業になりますから、のみも使います。

高所では命綱を付け、安全に細心の注意を払いながら作業する。

雪像造りは、ダイナミックかつ繊細に。

——細部にまでこだわるんですね。いつも完成度が素晴らしいですが、造っている人たちはみなさん手先が器用なんですか?

森岡さん:自衛隊は持ち回りで担当するので、必ずしも手先が器用とは限りませんが、私のように毎年必ず参加する基幹要員は10人くらいいましたね。メンバーの中には、芸大出身の自衛官というのもいて、まるでアーティストかと思うような繊細な仕事をします。ミケランジェロも顔負けです。もうウキウキしながらやってますよ(笑)。

——寒い中での作業は大変だと思いますが、それでも雪像造りの魅力って何でしょうか?

森岡さん:雪像を造るという目標に向かって、40〜50人の大人たちが一丸となるところですね。学校祭のように、みんなで何かを造るって楽しいじゃないですか。でも大人になるとそういう機会はなかなかないですよね。ボランティアさんの中には、毎年、九州や四国、東京、大阪から自費で参加してくれる人もいます。みんなで造って、完成したら仲間と一杯お酒を飲んで帰るという、これがやめられない理由かもしれないですね。

気温が氷点下に達する日没後の作業も、笑顔で取り組む。

高さ10mを超える場所での作業もなんのその。余裕のカメラ目線。

カメラを向けられると思わずピース。楽しそうに作業するみなさん。

——雪像を造るときには、どんなことを心がけているんですか?

森岡さん:一番は安全です。もうそれは当たり前かな。それ以外では、見る人に感動を与えるような雪像にすることを心がけています。絶対に手抜きはできないんですよ。現役時代の僕は結構厳しくて、平気で「やり直し!」とか言ってましたね。迫力があって細部にまでこだわった美しい雪像造りがモットーですが、現場責任者を退いた今、それと同じくらい大切にしているのが「楽しくやろうよ」ということですね。造っている僕らが楽しくないと、見ている人にも楽しさが伝わらない。でも楽しくわいわいやってるだけでは、いいものはできない。時間がある限り、細部にもこだわっています。諦めちゃうとレベルって下がってしまうんですよ。そういった精神も、後輩に伝えていけたらと思いますね。あとは、どんなテーマがきてもいいように、自分なりにアンテナは張っていますよ。自衛隊時代は、フランスやアメリカなど海外にも取材に行かせてもらって、雪像にする建物を実際に見てスケールを肌で感じてきました。国内外の歴史的建造物はできるだけ把握するようにしています。アニメのキャラクターを造ることもあるのですが、流行りのアニメを把握するために一生懸命、サブスクなんかを利用して人気のアニメを見るようにはしています。

造る人の想いを知ると、雪まつりはもっと面白くなる。

日没後も作業を続けることも。

クレーンで細かい雪を払う作業。

完成後、秋元市長からねぎらいの言葉をかけられる森岡さんら(2023年)。

——雪まつりの楽しみ方について、アドバイスをお願いします。

森岡さん:やはり会場に足を運んでもらって、至近距離で見ていただくことですね。その迫力がよくわかります。やはり大通会場の大雪像はぜひ見ていただきたい。キャラクターにしろ、建造物にしろ、大きくて細部にまでこだわっていて見応えがありますよ。会場に来たみなさんは、写真や映像で見る以上に迫力があると口を揃えるくらいです。今年は大通10丁目会場に滑り台も登場するので、お子さんも大人の方にも楽しんでいただけたら。
あとは、昼と夜とで違う楽しみ方ができるのも、さっぽろ雪まつりの魅力です。夜のプロジェクションマッピングはもう定番になっていますしね。

——雪まつりは終わった後の解体作業も興味深いのですが。

森岡さん:最近は、安全管理の面から解体作業は公開していないんですよ。なるべく深夜や早朝など人通りが少ない時間に行っています。特にキャラクターや動物、人物などの雪像を解体するのは人目につかないようにしています。それと、目のある雪像は、必ず最初に雪や布で目を隠して御神酒をかけてから解体するというのが伝統です。これは心意気の問題なんですが、来年も事故なく雪まつりが開催できるようにという気持ちを込めて解体しています。

——そんな配慮があったとは知りませんでした。最後に、森岡さんにとって「さっぽろ雪まつり」とは?

森岡さん:雪まつりは、ライフワークの一部ですね。京都で生まれ育った僕が、結局、札幌に根付いて、雪まつりに長く携わっているのも何かの縁。それと、札幌は人も風土も開放的で大らか。誰でもウエルカムという雰囲気があって暮らしやすい。雪まつりをきっかけに、札幌を訪れる方々にもそんなまちの良さを体感していただけたらうれしいですね。

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