さっぽろ散歩
2024.11.19

懐かしき空間でタイムスリップ。札幌で訪れたいレトロ喫茶3店

旅先でも街歩きのオアシスといえば、喫茶店やカフェ。札幌はカフェ文化が盛んで、コーヒーはもとより、スイーツ、フード、インテリア、音楽に至るまで一切手を抜かない、こだわりの詰まった店が点在する。数ある中から今回選んだのは、思わずタイムスリップしたような気分になれるレトロ喫茶で、特徴の際立った3店。

Photo:Yoshitaka Morisawa / text:Tamaki Soga

60年の歴史と新たな挑戦が生み出した、愛され続ける「純喫茶オリンピア」

ノスタルジックな書体が印象的な扉を開けると、サロンのような別世界が広がっている。

店名の文字が書かれているのは、実際に円盤投げ競技で使われた円盤。

「赤れんが庁舎」の愛称で親しまれる北海道旧本庁舎の向かいにあるオフィスビル。地下へ下りる階段の正面には、競技で使われた円盤に一文字ずつ書かれた「オリンピア」の文字。そう、この店名は、東京五輪が開催された1964(昭和39)年の開業にあやかったものだ。店内の壁には、オリンピアンのレリーフがいくつも飾られ、店名に込められた想いが感じられる。

店内にいくつも飾られているオリンピアンのレリーフは、全て異なるデザイン。

7代目の現オーナー菊地たみ子さんは、現役のインテリアコーディネーターでもある。2020年に店を引き継いでから、豪華なシャンデリアなど創業当初のよさを生かしつつ、上質なファブリックやグリーンを配するなど、美しいサロンのような空間に生まれ変わらせた。

重厚な造りやシャンデリア、ソファは60年前のままに、菊地さんのセンスでセレクトした調度品や雑貨をプラスした上品で居心地の良い店内。

現在の賑わいを見ると意外だが、お店を引き継いだころは、ほとんどが近隣オフィスの男性客だったそう。ランチタイムは混み合うものの、午後はお客さんが途切れてしまう日々。ずいぶん思い悩んだのかと思いきや、「SNSも使っていなかったし、改善できることがたくさんあると思った」と至ってポジティブマインドで捉えたそう。インテリアコーディネーターの経験をフル活用し、女性が足を運びたくなる店づくりに着手したという。

各テーブルには澄んだ音がなる鈴が置かれている。「すいません!」と呼ぶのも気が引ける方もいると思ってと細やかな気配り。

もちろん、メニューもテコ入れ。スイーツを充実させた。ある時、天井裏に物置があることに気づいた菊地さん。自ら長はしごを上って奥を覗くと、そこにはお宝が。「器やパフェグラスなど、昭和レトロを思わせるものがたくさんあって、使える!と思いました」と楽しそうに振り返る。

菊地さんお手製の「自家製プリン」(650円)。脚付きのレトロな器で提供されるプリンは、味はもちろん、ビジュアルも抜群。写真撮影をしているお客さんの姿も。

今では大人気メニューの「自家製プリン」も器の発掘をきっかけに誕生。「この器には絶対プリンを乗せたいと思った」という。クラシカルな硬めのプリンは、煮詰めて苦みを利かせたカラメルソースが特徴だ。

ビジュアルにこだわり、美しいグラデーションになるよう計算された「クリームソーダ」(780円)も好評。中でも1番人気はSNS映えする「メロン」。

昔からファンの多いナポリタンをはじめとするボリュームある食事メニューも健在で、ランチタイムには昔と変わらずビジネスパーソンの姿も多く見られる。

懐かしいピンクの公衆電話は今も現役。

「純喫茶 オリンピア」の代々のオーナーは、血縁やゆかりがない。それゆえ、お店の歴史を詳しく知ることが難しく、お客さんに教えられることが多いという。たとえば2年前、来店したお客さんに声をかけられた菊地さん。「亡くなったご主人の日記にオリンピアのオープン日に行ったと書かれていたそうなんです。1964年開業は知っていたけど、日にちはそのとき初めて知りました。他にも50年前に調理をしていたという人や10年前まで長年お勤めしていた人から伺ったお話などを聞かせてもらえるのもとても貴重です」。60年の確かな歴史を刻んできた老舗ならではのエピソードだ。

古き良きものを残しながら、時代に合わせた柔軟な発想で進化を続ける純喫茶。60年の歴史が育んだ本物の昭和レトロを、ぜひ体感してほしい。

Information

純喫茶オリンピア
住所:札幌市中央区北4条西6丁目1-3 北4条ビルB1F
TEL:011-231-0433
営業時間:10:00〜18:00(ランチ11:00〜14:00)
定休日:土・日曜・祝日 ※月に一度、土曜営業あり
アクセス:JR札幌駅、地下鉄南北線さっぽろ駅から徒歩5分
https://www.olympia-coffee.jp/

明治初期建築の重要文化財で時間旅行を楽しむ「喫茶室ハルニレ」

「ウルトラマリン・ブルー」と言われるブルーと白が印象的な豊平館。正面には開拓使のシンボルマークの赤い星「五稜星」が輝いている。

すすきのからほど近い中島公園の中で、ひときわ目を惹く白とブルーの美しい洋館。開拓使直営のホテルとして1880(明治13)年に建てられた「豊平館」だ。明治初期のホテル建築の貴重な遺構として国の重要文化財に指定されており、明治・大正・昭和と3代に渡り天皇家が訪れた由緒ある建物でもある。
その後、公会堂や結婚式場としても使われ、札幌市民にとって馴染みの場所にもなった。昭和・平成の間に、幾度かの改修工事や保存修理工事を経て、現在は一部を除き建築当時を再現した姿だ。明治時代ならではのクラシカルな和洋折衷の様式が特徴で、その中に身を置くと、まさに当時にタイムスリップしたような感覚になれる。

「喫茶室ハルニレ」の入り口には、「會喰所」の表札がかけられている。

館内は各部屋を見学できるが、時代の雰囲気を感じながらお茶や軽食を楽しめるのが、1階の「喫茶室ハルニレ」。開館当時に会食所として使われていた部屋で、高い天井、重厚な扉、赤い絨毯、豪華なシャンデリアなど、見どころたっぷりだ。

一気に明治時代に連れて行ってくれるような、モダンな雰囲気の喫茶室。

まず注目したいのが、シャンデリアの吊元にある天井中心飾。漆喰を盛り付け、職人がその場で立体的に仕上げていく「こて絵」と呼ばれる伝統技術でつくられている。当時の職人の手による芸術は、一見の価値あり。デザインは部屋ごとにモチーフが異なり、喫茶室のものには牡丹が描かれている。

シャンデリアの吊元にある漆喰を用いた天井中心飾。

続いて、窓際にある重厚な意匠の暖炉も見ておきたい。復元されたものではあるが、大理石風に設えた漆喰塗りで、ここにも当時の優れた左官技術が活かされている。日本伝統のデザインである「牡丹唐草」が描かれた西陣織のカーテンやシャンデリアも相まって、文明開化の波が押し寄せた当時の世界にいざなってくれるはずだ。

重厚なデザインの暖炉。館内に6基ある暖炉は1982〜1986年の工事で復元されたもの。

喫茶室では、美幌町の有機野菜をたっぷり使った、どこか懐かしい味わいの「プレミアムカレー」や人気の「パンケーキ」をはじめ、ハンドドリップで淹れた「豊平館オリジナル珈琲」、紅茶、焼き菓子などを用意。麗しい調度品とダイレクトに四季を感じられる公園の景色を眺めながら、優雅なティータイムを堪能しよう。

ゴボウやジャガイモ、ニンジンなど野菜の旨みの奥にスパイスが感じられる「プレミアムカレー」(1,000円)。

紅茶(490円)に焼き菓子(250円)を添えて。

喫茶室の窓辺の席。これからの時季は、雪に覆われた中島公園を窓から眺めながらくつろぐのも一興。

Information

豊平館 喫茶室ハルニレ
住所:札幌市中央区中島公園1-20 豊平館1F
TEL:011-211-1951(豊平館)
営業時間:11:00〜15:00(L.O14:30)
定休日:第2火曜日(豊平館の休館日に準ずる)
※喫茶室の利用は、豊平館への観覧料(300円、ドリンクとのセット観覧券は600円)が必要。
アクセス:地下鉄南北線中島公園駅3番出口から徒歩5分
https://www.s-hoheikan.jp/

軟石がつくる穏やかな空間と極上コーヒーで過ごすやさしい時間「サッポロ珈琲館 平岸店」

軟石造りの壁や天井、はりは当時のものを残し、一部を吹き抜けにした開放感のある店内。

「札幌軟石」を知っているだろうか。およそ4万年前、札幌の南側、支笏火山の大噴火により発生した火砕流が冷えて固まった岩石だ。火に強く保温性に優れていたため、古くから札幌近郊の蔵や公共建築、住宅などに使われ、今も現役で使われている建物が少なくない。石でありながら、やわらかい質感と色合いが建物に優しい表情を与え、札幌の原風景のひとつになっている。

札幌軟石の外壁と、赤い屋根のバランスがノスタルジックかつキュート。元々は1階がリンゴの選果場、2階が集会場だったそう。

地下鉄平岸駅から徒歩5分。住宅街の一角にも、軟石造りの趣ある建物がある。1938(昭和13)年にリンゴの共同選果場として建てられた倉庫を改装した「サッポロ珈琲館 平岸店」だ。店内は、むきだしの軟石の壁と木の組み合わせに、間接照明が加わり、シックな雰囲気でありながら、ホッと落ち着ける居心地の良い空間になっている。

間接照明が凸凹した軟石の壁に当たり、美しく雰囲気のある空間に。

古い建築物を再利用することについて店長の伊藤大空さんは、「建物の歴史がある上、昔使っていた人たちの思いが詰まった場所を使わせていただけることはありがたいです。喫茶店という形で残せるのも幸せだと思っています」と話す。
サッポロ珈琲館は店ごとにテーマがあり、平岸店はコーヒー発祥の地「エチオピア」がテーマ。これにちなんで飾られたエチオピアの工芸品も、軟石がつくる空気感と不思議にマッチし、大人っぽい雰囲気づくりに一役買っている。

店内に飾られたエチオピアの雑貨は、オープン当時、勤務していたエチオピア人スタッフが現地から持ち込んだものだそう。

エチオピの伝統的な儀式「コーヒーセレモニー」に使う道具も。

コーヒー豆は、社長自らが海外の産地に足を運んで選び、契約農園から仕入れている。それをネルドリップで丁寧に抽出した1杯は、豆本来の風味を楽しめる洗練された味わいだ。豆は17種類あり、全店共通のものに加え、同店限定の「エチオピア・シダモ」やこの一帯がリンゴ産地だったことに由来するオリジナルブレンド「アップルブレンド」なども用意している。

1杯ずつ丁寧に静かにコーヒーを淹れる店長の伊藤大空さん。

自慢のコーヒーとともに味わいたいのが、表面がカリッサクッ、中がふんわりとした「ブリュッセルワッフル」。味はプレーン、ベリー、キャラメルカフェなど定番6種に季節限定を加えた計7種類。いずれもオーダーを受けてから1枚ずつ焼き上げる。プレーン以外はアイスクリームが添えられ、アツアツのワッフルと冷んやりアイスの組み合わせがたまらない。大人から子どもまで年齢問わず人気というのも頷ける。

リンゴのコンポートとバニラアイスが好相性の「アップルシナモンワッフル」(900円)。シナモンの風味がしっかりと感じられ、まるでアップルパイのような味わい。プラス420円でコーヒーセットにできる。

ウィークデーは近隣の常連客、週末は旅行者や家族連れ、また、朝は出勤前に立ち寄る人、夜にはゆっくり過ごしたい一人客が訪れる。「この建物は、朝は気持ちのいい陽の光がたくさん入って元気が出ます。夜は電気を明るくしすぎず、落ち着いた雰囲気にしています。『1日の疲れを癒やしに来ている』と言ってくれるお客様もいるので、音楽も邪魔にならないように」と伊藤店長。細やかな心配りと、軟石が醸し出す不思議な居心地の良さで、旅の途中でも思わず長居したくなってしまう一軒だ。

Information

サッポロ珈琲館 平岸店
住所:札幌市豊平区平岸2条6丁目2-27
TEL:011-814-0141
営業時間:月・火・水・木曜9:00〜19:00、金・土・日曜9:00〜20:00
無休
https://sapporocoffeekan.co.jp/

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