さっぽろ散歩
2024.10.11

絶景と熱戦で歓喜する大倉山ジャンプ競技場

1972年、冬季オリンピック札幌大会の舞台になった大倉山ジャンプ競技場。標高307mのジャンプ台スタート地点にある展望台は札幌市街地をパノラマで望む絶景で、多くの観光客が足を運んでいる。大倉山ジャンプ競技場は札幌が誇る観光スポットであると同時に、シーズン中は世界トップクラスのスキージャンパーが集結する場。女子スキージャンプのパイオニア・山田いずみさんに大倉山の魅力を聞いた。

Photo: Asuka Mizoguchi、Yasuyuki Ohashi / text: Hiromi Etsunaga

山の稜線に沿って造られた流線のジャンプ台。1997年の大規模改修でオールシーズン対応のジャンプ台になった。

女子スキージャンプの先駆者 山田いずみが憧れたジャンプ台

国内で圧倒的な強さを誇り「女王」と呼ばれた山田いずみさん。引退後は全日本スキー連盟のコーチ、高梨沙羅選手のパーソナルコーチを務めた。

幼稚園の時にスキージャンプと出合った山田いずみさんは小学校で少年団に入団、初めてジャンプ台を飛んだ。ふわっと体が浮く感覚は恐怖よりも気持ちよさが上回り、以来スキージャンプにのめり込み、2009年の引退まで選手として活躍した。1931年から続く大倉山ジャンプ競技場の歴史で、女性として初めて飛んだ選手となった。
1972年の冬季オリンピック札幌大会で表彰台を独占し、「日の丸飛行隊」として語り継がれた男子スキージャンプ。輝かしい功績の中で日本のお家芸として国民に親しまれていた一方、女子スキージャンプは長く日の目を見なかった。当時の女子選手は全国で山田さんを含めて数人しかおらず、大会も男子に交じっての参加で更衣室もない状況。何度も悔しい思いをし、怪我に泣かされたこともあったと言うが、それでも続けてきたのは、飛ぶことの喜びと「大倉山を飛びたい、それも女性初で」という強い思いだった。
初飛行は1995年、高校2年生の時だった。「前日は興奮と緊張で眠れず、急性の腹痛で夜間病院に駆け込んだほど。初めて飛んだ1本目は正直、記憶がなくなるくらいに怖かったです」と、その日を回顧する。「女性が大倉山を飛ぶことに賛否両論があった中での初ジャンプ。飛び終えた後は、達成感と喜びが溢れ、指導をしてくれていた高校の先生と抱き合って泣きました」と山田さん。
スキージャンプは追い風よりも向かい風が有利。「女性にスキージャンプは向いていない」という逆風も力に変えての挑戦だった。以降、この大倉山で女子のバッケンレコードを3度塗り替える。

都心に近い世界でも珍しいスキージャンプ競技場

世界各地のジャンプ台を巡った山田さん。「どの国の選手も大倉山への憧れが強かったですね」。その理由は、ズバリ都心との近さ。国際試合が行われるジャンプ台は、その多くが中心部から何百キロも離れた場所にあり、たいてい周りに何もない。「都心に近いこのロケーションは試合後の過ごし方も充実しています。ススキノまで足を延ばすことを楽しみにしている選手がたくさんいましたよ」と山田さん。街を歩きながら、何気なく見上げるとジャンプ台が見えるこの景色は、札幌市民にとっては当たり前の光景だが、世界的に見ても稀な環境なのだ。

札幌の街中を歩いていると見える、風景の一部として溶け込んでいる大倉山ジャンプ競技場。

冬の夜は白銀のジャンプ台とライトがまるで空に浮かんでいるよう。

ジャンプ台から見下ろすと、都市との近さが如実にわかる。

競技をぜひ観戦したいところだが、実は競技がない日も観光地として人気だ。札幌の街並みをパノラマで望むジャンプ台のスタート地点にある展望台には、国内外の観光客が多く足を運んでいる。また、競技場内には「札幌オリンピックミュージアム」も設置されていて、札幌オリンピックの歴史を学ぶ展示や、スキージャンプのシミュレーターでラージヒルジャンプを選手視線で擬似体験ができるなど、大人も子どもも楽しめるスポットとして知られている。併設のミュージアムショップは五輪やウインタースポーツをイメージしたオリジナルグッズが楽しい。

冬季オリンピック札幌大会の関連資料や、冬季オリンピックで活躍した選手の用具やメダル、写真などを通して歴史が学べるオリンピックミュージアム。スキージャンプのみならず、ボブスレーやクロスカントリーのレースも体感できるシミュレーターも大好評。

撮影時も多くの買い物客で賑わっていたミュージアムショップ。五輪やウインタースポーツに関連したオリジナルグッズ以外にも、日本の文化・伝統を感じられる選りすぐりのアイテムが並ぶ。

被写体としての大倉山の魅力を解く

大倉山ジャンプ競技場は、随一のフォトスポットでもある。スタート地点からは、札幌市街地や石狩平野など、「都市と緑」の対比が生み出す美しい景色が自慢だ。
山田いずみさんの高校時代の同級生で、現役引退後はともに女子スキージャンプ認知向上のためにフリーペーパーを発行するなど尽力した写真家・大橋泰之さんもまた、被写体としての大倉山ジャンプ競技場に魅せられた一人。レンズ越しに国内外のジャンプ台を見つめてきた彼は「大倉山はフォトジェニックな存在」と話す。
競技撮影のために大倉山を訪れる大橋さんだが、思わずシャッターを切る場所があるという。それは一般駐車場から競技場へと向かう階段。ドーム型天井の階段はその先の景色に期待が膨らむ空間で、「始まりを感じる光景です」と語る。また、夜景の美しさも圧巻で「競技撮影時はアプローチ上部付近でカメラを構えているのですが、ナイター時の美しさには毎回、目を見張ります。札幌の夜景といえば藻岩山が定番ですが、大倉山からの景色もぜひ味わってもらいたいです。展望台からも同様の景色が楽しめますよ」と話す。散策をしながら、自分なりの映えスポットを探ってみるのも楽しみ方の一つだ。

高校時代の同級生だという大橋さんと山田さん。2018年の平昌オリンピックで高梨沙羅選手が日本女子勢で初となるオリンピックでのメダルを獲得した時も、山田さんはコーチとして、大橋さんはカメラマンとして現地で歴史的瞬間に立ち会っていた。

一般駐車場からジャンプ台へと向かう階段。両サイドにそれぞれ上りと下りのエスカレーターが流れている。トンネル効果も相まって、上りきった際の開放感は抜群だ。

「ブレーキングトラック(選手が着地後に減速しながら停止するためのエリア)と建物1階分の高低差がある管理棟1階の玄関前から見上げたジャンプ台も迫力満点です。ここは選手や関係者のみ立ち入り可能なエリアですが、角度や距離を変えるだけで、ジャンプ台は表情を変えるので競技場内でもきっとお気に入りが見つかります」と大橋さん。

ナイター中にアプローチの上部付近で撮影した夜景。手前に見えるのは風向風速計。

夏も飛ぶ!サマージャンプの面白さ

冬のイメージが強いスキージャンプだが、雪が降らない季節も選手は飛んでいる。大倉山ジャンプ競技場は、夏もジャンプが可能な全天候型競技場だ。
「雪や氷の上とは違い、サマージャンプは条件が安定しているので冬よりも飛びやすさを感じます。ただ、夏と冬ではスタート時の初速の違いがあるので、夏に合わせ過ぎてしまうと冬のシーズンインに悩まされる選手もいます。それでも夏は新緑の中、秋は紅葉の中、景色を見ながらの練習は選手目線でも非常に美しいものですよ。人工芝を滑る音も冬とは異なる臨場感があります」と山田さん。
サマーシーズンは摩擦による熱の発生の防止や、滑りを良くするために、競技や練習の合間にスプリンクラーで散水を行っている。プシュッという音と共に人工芝に向かって勢いよく撒かれた水が、陽光の中で輝く様はどこまでも爽やかで、夏のジャンプ台ならではの光景だ。

サマージャンプをより多くの人に知ってもらいたいと考えた山田さんは、2023年にサマージャンプを題材にした自主映画を大橋さんと共に制作。夏の大倉山ジャンプ競技場もロケ地として使い、緑と空が映えるジャンプ台を映像で残した。
なかなか馴染みがないものの、映画の舞台にしてしまうほど惚れ込んでしまった大倉山ジャンプ競技場。札幌旅の際には一見の価値ありだ。

サマージャンプを題材にした映画『ウィンドガールズ』(2023)では山田さんは監修を担いながら指導者役として演技にも初挑戦した。

映画『ウィンドガールズ』(2023)のトレーラーはこちら

Profile

山田いずみ(やまだ・いずみ)
1995年日本女子初のラージヒル飛行。1997年インカレで史上初の公開飛行に女子ジャンパーとして参加。1998年史上初となる国際シリーズに参戦。2008年国際大会(コンチネンタルカップ)で日本人初優勝。2009年史上初となる女子ジャンプが開催されたノルディックスキー世界選手権に出場。引退後は女子スキージャンプの普及・認知拡大のため、講演・イベント出演を行うほか、全日本スキー連盟のコーチ、高梨沙羅選手のパーソナルコーチとして活躍した。

Information

大倉山ジャンプ競技場
https://okurayama-jump.jp

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