円山動物園で、世界を見る目が変わる!? ゾウの飼育員のちょっといい話
札幌の円山地区は、原始林が残り豊かな自然が広がるエリアだが、オシャレなカフェやレストランがある閑静な住宅街でもある。そこに、動物が本来暮らす環境にできるだけ近づけた展示で人気の円山動物園がある。2023年に、アジアゾウの赤ちゃんが誕生したことでも話題となった動物園だ。今回は動物専門員の野村さんに、ゾウ舎と円山動物園の魅力について聞いてみた。
Photo: Ryoichi Kawajiri / text: Masaki Narita
円山動物園では11年ぶりとなるアジアゾウが、
ミャンマーから貨物機でやってきた。
野村友美さんはアジアゾウ担当の動物専門員。子どものころから動物好きで動物園の仕事に憧れていた野村さん。出身は愛媛県だが、北海道への憧れもあって帯広畜産大学へ進学した。しかし、卒業の年には円山動物園での職員募集がなく、徳島県の動物園で1年間臨時職員を経験した後、念願の円山動物園に採用された。「新人の頃は熱帯鳥類館に配属されて、クジャクやオニオオハシなどの鳥類を担当していました」という野村さん。猛禽類が飛ぶ様子を来園者に見せるイベント「フリーフライト」の解説役もしていたという。
アジアゾウを担当している野村友美さん
そんな野村さんがゾウの担当になったのは2018年のこと。「新設されるゾウ舎の設計会議に参加したり、最初からいろいろと関わらせてもらいました」。その年の11月30日、ミャンマーからアジアゾウ4頭が円山動物園にやってきた。新千歳空港まではロシア製の巨大な貨物専用機で運んだという。「ゾウの輸送については公にしていなかったんですが、見慣れないその飛行機の到着で『どうやらゾウが来たらしいぞ』って噂になったみたいです(笑)」。
手書きのニュースでゾウたちの日常を楽しく発信
円山動物園でゾウを飼育するのは、アジアゾウの「花子」が亡くなった2007年以来、11年ぶりのことだった。2014年の日本とミャンマーの国交樹立60周年の記念事業として、円山動物園へバゴーのキャンプにいたオス1頭とメス3頭のゾウを寄贈されることになった。「私も実際にミャンマーに行って、ゾウたちが暮らしている環境についてじっくりと観察しました」。その経験が、ゾウ舎での飼育に生かされている。
スタッフルームにはゾウの故郷・ミャンマーの地図が
ゾウと人にやさしい「準間接飼育」で、
国内でも初の赤ちゃんが生まれた。
完成したゾウ舎では「準間接飼育」が導入された。「人間が同じ空間に入って直接動物に触れながら飼育するのが直接飼育で、その反対に同じ空間には入らずに飼育するのが間接飼育です。準間接飼育は人間が柵越しに動物と接する方法で、動物のストレス軽減になるし、私たちの安全も確保しながらゾウの健康管理ができるんですよ」。動物と人間の双方にメリットがある準間接飼育は、全国の動物園に広まりつつある飼育法なのだそう。
ゾウ舎の様子はモニターでもチェックしている
ここ円山動物園で2023年の8月19日に誕生した「タオ」も、母親の「パール」と一緒に準間接飼育で育てられている。取材の時点でもうすぐ1歳というタオは、体重も600kg近くになっていた。「すくすく成長してますね。このところ1日に1kg増のペースです」と野村さんも目を細める。準間接飼育下でアジアゾウが出産したのは国内で初めてのケースで、準間接飼育の専門家をアメリカから招いて育て方を指導してもらったそうだ。
タオのかわいい様子が大人気
ゾウ舎は、屋外放飼場と屋内放飼場の2つのエリアに分かれている。「24時間、ゾウたちは内と外を自由に行き来できます。人間ではなくゾウの生活時間に合わせているんです」と野村さん。天井から吊るされる餌は、タイマー設定で夜中にも下りてくる。また、足に負担がかからないよう、地面には1mほどの厚さで砂を敷き詰めてあり、砂浴びや泥浴びする姿も見られる。
吊るされた餌は、長い鼻を器用に使って食べる
北海道の森林で出た間伐材を餌に!
大量のフンは高品質の堆肥として活用!
「ゾウたちのメインの餌は干し草ですが、野生のゾウの食べものと比べると栄養価が高く、肥満の原因にもなってしまいます」。そこで円山動物園では、道内の森林などで出る間伐材をゾウの餌にしている。生の枝葉は食べるのに時間がかかるうえ、干し草と同じ栄養を取るためにはその何倍もの樹木が必要になる。大量の枝葉を動物園が独自で調達するのは難しいが、森林を管理する関係各所の協力もあり、間伐材の入手が実現した。結果的に伐採木の有効活用につながったという。
この日は天井から生の枝葉も下げられていた
ゾウたちに生の枝葉を与えることには、ほかにも大きな価値があると野村さんは言う。「枝を食べている時がすごく面白いんですよ! いろんな方法で枝を折ったり、樹皮をはいだり、葉をむしったりというゾウ本来の多様な行動が観察できます。もし来園された時に樹木が餌になっていたら、ぜひそのあたりに注目していただきたいですね」。当然だが、北海道では雪が積もる冬になると間伐材は出なくなる。ゾウたちがおいしそうに生の枝葉を食べる姿を見るなら、夏がチャンスだ。
8月12日世界ゾウの日に合わせて行われたイベントの様子。新鮮な間伐材はゾウたちにとってもご馳走だ
タオを加えて5頭となった円山動物園のゾウ。毎日大量の餌を食べて、大人1頭あたり毎日100㎏のフンを出す。円山動物園ではこのフンをバイオ発酵処理して堆肥にしている。「ゾウのフンは有機物100%で、質の良い堆肥になるんです」。この堆肥は、園内の芝生や樹木などに使われるほか、周辺の小中学校への配布や、野菜を寄付してくれる農家への提供、また園への寄付金の返礼品にもなっている。「循環型社会の実現にも役立っている取り組みだと思います」と野村さんも胸を張る。
発酵させているのでにおいもなくサラサラしている
いきいきと暮らす動物たちに癒されながら、
地球のあるべき未来を考えてみよう。
野村さんに、ゾウ舎以外でオススメの場所を聞いてみると「一番新しくできた、オランウータンとボルネオの森です」と即答。良好な動物福祉の確保に力を入れる円山動物園が、オランウータンの動物福祉の向上や、生息地の環境を体感してもらうことを目指して建設した新施設だ。「東南アジア熱帯雨林の環境が再現されていて、まるで別世界のような感覚です。生物多様性を実感できる施設なので、ぜひ見ていただきたいですね。今問題になっている環境問題って、どこかの国の話じゃないんです」。
環境の維持のため開園時間中も一度スコールが降る
ミャンマーでもゾウが生息する森が減っているが、それは日本人にも関わりがある。我々が使う植物油脂や天然ゴムの栽培、木材や紙製品の材料などのために森が伐採されているのだ。「円山動物園で、動物が暮らす環境とその現実を知り、自分と環境問題の関わりを少しでも実感してもらえたらうれしいです」。いきいきと暮らす動物たちに癒されつつ、地球のあるべき未来を考える……札幌での旅の途中で、そんな有意義な時間を過ごしてみてはいかがだろう。
壁面にはゾウの生息地の現状などを解説するサインも充実
Information
札幌市円山動物園
住所:札幌市中央区宮ケ丘3番地1
開園時間:9:30〜16:30(最終入園 16:00)
※11月~2月は9:30〜16:00(最終入園 15:30)
休園日:毎月第2・第4水曜日(8月のみ第1・第4水曜日)(祝日の場合は翌日)、4月の第2水曜日を含むその週の月曜日~金曜日、11月の第2水曜日を含むその週の月曜日~金曜日、12月29日~31日
※施設メンテナンス等により臨時休園の場合あり
入園料:大人800円、高校生400円、中学生以下無料
公式サイト:https://www.city.sapporo.jp/zoo/index.html