“音”の世界に没入する、特別な空間「札幌コンサートホールKitara」
すすきの中心部から南方向へ10分ほど歩くと、豊かな自然に囲まれた中島公園にたどり着く。そこは繁華街の喧騒の先に広がる、都会のオアシスだ。さらに園内の小径を進んだ先には、音楽専用ホール「Kitara」がある。その音響は世界水準で「近代的なコンサートホールとしては世界一」と評した音楽家も。札幌を訪れた時には、美しい音色にふれるひとときをぜひ。
Photo: Akiko Tsuda / text: Aiko Ichida
客席がステージを取り囲むアリーナ型ヴィンヤード形式の大ホール。演奏者と聴衆の一体感はもちろんのこと、観客同士も感動を分かち合える空間だ。
札幌における音楽芸術の振興や音楽を通じた国際交流の拠点。
大型パイプオルガンを備えたアリーナ型ヴィンヤード形式の大ホールと、伝統的なシューボックス型の小ホールを備えた世界水準の音楽ホールKitaraの開館は1997年7月。全国で芸術文化施設が次々に建設された1990年代、札幌市も芸術文化の振興をまちづくりの重要課題として、魅力ある国際文化都市を目指して歩み出した頃だった。
1990年にスタートしたPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌)が継続開催となったことも追い風となり、開催都市に相応しい音楽専用ホールを望む声や、熱心な市民による活動が盛り上がったのだという。加えて市内の各ホールも稼働率が90%を超え、まさに飽和状態……さまざまな要因が重なり、市はKitara建設に向けて動き始めた。
それから四半世紀以上経った今なおKitaraでは音楽鑑賞はもちろんのこと、音楽活動の場の提供、主催事業の開催など、札幌における音楽芸術の振興や音楽を通じた国際交流の拠点としての役割を担っている。
PMF
世界の若手音楽家を育てる国際教育音楽祭。世界を代表する音楽家を教授陣に迎え、世界中から集まる若手音楽家を育成する教育プログラム「PMFアカデミー」の開催ほか、小学生がオーケストラと共演しながら音楽を学ぶ「リンクアップ・コンサート」、世界最高峰の指導者が音楽大学の専攻生や中学・高校の吹奏楽・オーケストラ部を直接指導する各種セミナーなど地域に根ざした音楽祭として知られている。タングルウッド音楽祭(アメリカ)、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭(ドイツ)とともに「世界三大教育音楽祭」のひとつ。
どの席に座っても最高の音響を体験できる設計のヒミツとは…
オーケストラが発した音をホール全体に拡散させるため、天井から全体幅17mの巨大な音響反射板が吊り下げられている。
世界屈指と言われるKitaraの音響設計は、およそ3年の試行錯誤の末に最高の効果を得たが、そこに至るまではコンピュータを駆使し、いくつもの初期反射音(天井や壁に反射した音)のシミュレーションを繰り返したという。秘密は天井から吊り下げられた巨大な音響反射板にある。
それはオーケストラが発した音をホール全体に拡散させるためのものだが、アクリル製の反射板を使用するホールもある一方、Kitaraでは軽量コンクリート製の反射板4枚を組み合わせることによって、ステージ上で発せられた音をすべからく反射させ、どの席に座ってもやわらかで重厚な響きが届くよう設計されたのだという。
「開館して30年近く経ちますが、定期的に保守点検を行って、設計時の音から変わらぬよう最高級の音響レベルを保てるようにメンテナンスをしています。演奏スタイルに応じて反射板の高さを変えることはありますが、基本的には一定です。音響反射板の昇降操作を行う舞台技術スタッフの中には、開館当初から勤務しているスタッフもいるんですよ」と教えてくれたのは、施設を管理する公益財団法人札幌市芸術文化財団 コンサートホール事業部事業課の本田夏子さん。
このKitaraを本拠地として活動しているのが、北海道唯一のプロオーケストラ「札幌交響楽団」だ。「Kitaraの主催事業では、札幌交響楽団を起用したコンサートを年間3公演以上実施していますし、定期演奏会も開催しています。地元オーケストラが奏でる音色を札幌の旅の思い出にしていただけたらうれしいですね」。
「毎年、雪まつり時期にはワンコインでお聴きいただけるコンサートも行っています。世界屈指の音響の素晴らしさをより多くのみなさんに体験していただきたいです!」。音の迫力と繊細さを同時に感じられるのは、Kitaraの音響があってこそ。気になるコンサートに合わせて訪れるもよし、たまたま開催されているコンサートに参加するもよし、気軽に立ち寄れるアクセスの良さも嬉しい限りだ。
Kitaraの代名詞パイプオルガンの音色は一聴の価値あり。
前出の本田さんに「Kitaraならではの楽しみ」を尋ねると、「やはりパイプオルガンは当ホールのシンボルであり、ここでしか味わえない魅力の一つですね」と少し誇らしげに語ってくれた。大ホールの正面に立つオルガンの高さは約12m。「4,976本のパイプから生み出される音は圧巻です。パイプオルガンはとてもたくさんの音色を作ることができるので、この1台でまるでオーケストラの演奏を聴いているかのような感覚になることがあります」。
パイプオルガンは、ドイツにほど近いフランス アルザス地方にあるアルフレッド・ケルン社が2年の歳月をかけて製作したもの。パイプは鉛とすずの合金で、上部には北海道の針葉樹林をモチーフとしたデザインがほどこされている。パイプはビルの4階ほどの高さまでびっしりと並んでいて、設置と整音作業には4ヶ月もの時間を費やしたという。
取材時はたまたまKitaraの専属オルガニストのファニーさんが自主練習を行なっていたため、その音色を聴くことができたのだが、いくつもの音が重なり響き合った時の迫力と、やわらかな波動に体全体が包み込まれていくような不思議な感覚が今も残る。
この巨大なパイプオルガンを何気なく弾いているように見えたファニーさんだが、ピアノの何倍もの数の鍵盤があり、両手両足を使うほか、ストップといわれる音色を切り替えるレバーも操りながらの演奏……。「楽譜を見ても、右手、左手、足と細かく分けて記載されているものもあれば、ごくシンプルなものもあって、私たちはその楽譜を読み解き、分析し、作曲家がどんなふうに弾いてほしいかを想像しながら演奏するんです」と教えてくれた。つまり、これが正解という音色はないそうで、弾く人によって奏でる音がまったく違うのだと言う。
「料理と似ていて、味が足りなかったら、このストップレバーで調味するという感覚に近いかもしれません。パイプオルガンは、ホールや教会によっても音の個体差があるし、鍵盤も1段のものもあれば5段のものもあります。まずは試しに音を出して、調整する必要があるので難しいですね」。
Kitaraでは大ホールのパイプオルガンの魅力を広く深く活用し、世界へ向けて発信するため、専属オルガニストを毎年ヨーロッパから招聘している。本田さんいわく「これまで25人の若く才能豊かなオルガニストを迎えました。歴代専属オルガニストは、Kitaraでの1年間の活動をきっかけに大きく成長し、魅力あふれる音楽家として羽ばたいていきました」。
とろみのあるやわらかな音の響きはパイプオルガンに限らずだが、「ここでしか味わえない」は旅の醍醐味、一聴の価値ありだ。
随所にある「札幌を感じられる意匠」にも注目を!
音楽鑑賞はもちろんのこと、館内のところどころに散りばめられた“札幌”を感じられるデザインにもぜひ注目してほしい。歴史的建造物として知られる豊平館、北海道大学の校舎、札幌軟石を使った壁など、札幌ならではのデザインが随所にあるのもKitaraの見どころの一つ。またホール前庭(屋外)、エントランスホール、大ホールホワイエの3か所に、美唄市出身の彫刻家 安田侃氏の彫刻作品「相響(そうきょう)」が設置され、自由に触れることもできる。
「Kitaraの建物はガラス張り。自然豊かな中島公園の中にあるので、四季折々の表情を楽しむことができます。また館内にはオリジナルグッズやチケットを販売しているショップや、レストランもありますし、年に3回ほど、施設見学会も実施しています。コンサート以外の日でも散策のついでにふらっと立ち寄って、のんびり過ごしていただけたらと思います」。
施設を管理するスタッフが皆、Kitaraとそこで奏でられる音を慈しみ、何より演奏者への尊敬と、訪れる人たちへのおもてなしの気持ちを大切にしている姿勢が印象的。開館から30年近く経った今も施設内が美しく、清潔感が保たれているのも、ここで過ごす人たちの心を和ませ、憩いの場であり続けたいという思いがあってこそ。次に訪れた時には「おかえりなさい」と迎えてもらえるような温かい場所だ。
Information
札幌コンサートホールKitara
札幌市中央区中島公園1-15
TEL:011-520-2000(代表)
チケットのお問い合わせ・予約はTEL:011-520-1234
https://www.kitara-sapporo.or.jp