この店の存在が札幌に通う理由。
全国の食通たちを魅了し、この店の存在こそが札幌を旅先に選ぶ理由と言わしめる名店「鮨ノ蔵」と「TAKAO Casa di Hokkaido」。高い技術と精神性を持って仕事に向き合う“一流”の料理人が織りなす、繊細かつ優美な食の世界。それは五感をビシビシ刺激し、時間が経って尚、「あの店のコレが食べたい」「シェフがつくる料理を味わいたい」「あの味にもう一度会いたい」と抑えきれぬ衝動となる。まずは一食、そして虜に。さぁ、「札幌に通いたくなる」新たな扉を開こう。
Photo: Yoshitaka Morisawa / text: Aiko Ichida Tamaki Sugaya
美酒とのマリアージュに舌鼓。カウンター4席限定、おまかせコース一択「鮨ノ蔵」
店内はカウンター4席のみ。18:00〜と20:30〜の2部制となっている。当然予約は困難だが、争奪戦を勝ち抜いてたどり着いた至極の“逸品”はまた格別だ。
札幌は言わずもがな寿司の激戦区。その中にあって、「鮨ノ蔵」は間違いなく、トップに君臨している名店中の名店だ。店主・井川大さんは“寿司のヘンタイ”と称されるほど、旨い寿司(魚料理)をどこまでも、そして徹底的に追究する姿勢を貫いている。その精神性に敬服し、味はもちろんのこと、彼が編み出した技に魅せられて通い続ける食通も多い。常連客の中には年間120軒以上の寿司屋さんを訪れるというツワモノもいるが、そんな“寿司フェチ”も定期的に通い、この店の寿司と“スペシャリテ”を絶賛しているのだ。(※フェチもヘンタイも良い意味です、どちらも褒め言葉。誤解なきように)
「鮨ノ蔵」は多くの商業施設や飲食店が立ち並ぶ、大通エリアにある。社交ダンス専門店ビルの地下につながる階段を降りてすぐ、廊下の手前右手にある入口は、気づかず通り過ぎてしまうほどわかりづらいが、スライドドアから店内に入ると席はカウンターのみ。配置されている椅子は4脚と実にこじんまりしている。聞けば、「自分一人のお店なので目が届く範囲を考えると、このキャパで十分です。いや、本当はもっと小さなお店にしてもいいと思っているぐらい。限られた時間で味わっていただくのに、お客さんを待たせることはしたくないですから」とキッパリ。カウンターの向こう側は職人の“聖域”。その距離は近く、ネタの持ち味を引き出すさまざまな仕事を間近で見られるのもこの店ならではの楽しみだ。
冬季限定のスペシャリテ「タチ」(真鱈の白子)。低温調理することで、まろやかな甘みと出汁の旨味が口いっぱいに広がり、滑らかに溶けていく。お酒と一緒にどうぞ。
フライとは、パン粉と油と食材の組み合わせであると解釈した井川さんが考案した「冷たいタチのフライ」。食べ終わった瞬間、切なくなるほど美味しい…。
メニューはおまかせ一択で、季節の肴8〜9品と、8〜10貫の握りで構成されている。ネタの一つ一つを観察し、熟成の度合いを見極めたり、包丁の入れ方や、火入れの塩梅などを研究して導き出した井川さんの「正解」が一皿ずつ提供される。約2時間かけて堪能する間、寿司屋さんに通い慣れた上級者でさえ、「この魚のこんな味には出会ったことがない」と何度も驚くはず。言うなれば、究極のエンタテインメントだ。
中でも冬の間、全国からこの味を目当てにお客さんがやってくるという逸品が「タチ」(北海道では真鱈の白子を「タチ」と呼ぶ)。ポン酢で和えたり、天ぷらでいただくのが一般的だが、やや生臭さが残る。「それが美味しいという人もいるけれど、僕は好みじゃないので完全に臭みを取り除く調理法を追究しました。タチの場合は味付けと、最初の火入れが美味しさの決め手になります。試行錯誤の末に辿り着いた答えがこれです」。見た目は究極にシンプル、タチだけで勝負しているのも潔い。実際、食べてみると臭みはまったくなく、ふくよかな甘味と出汁の風味だけが感じられ、クリーミーに口溶けていく。おそらく、タチが好物で食べ慣れている人であっても、感動を覚えること請け合いの逸品だ。
「料理は化学なので、色々と研究しているのが好きなんですよね。思い立ったら試してみる。ただしお客様の口に入るものなので、それが安全か、必ず裏を取ります。若い頃は魚の論文もたくさん読んで勉強しましたよ」。さまざまな魚に技を施し、この官能的な味わいを創造し続ける井川さんを天才、という人は少なくないが、実は圧倒的努力の人。実験に勤しんだ日々が、今日の味につながっている。
1つ1つの食材と向き合い、試行錯誤を繰り返す井川さんの“仕事”はクリエイティブだ。「印象に残る味」を創造するため、妥協なき挑戦を続けている。
日本全国の漁場をめぐり、地元でしか食べられていない魚や、市場に出回らず、雑に扱われている魚を見つけて、その価値を高める活動も井川さんのライフワークの一つ。鮮度がいい状態で地元の漁師に血抜きをしてもらい、その魚のポテンシャルを最大限に活かす調理法を考え、“実験”する。「答え」が見つかれば、コースの一品として登場することも。
最近、気になった魚を尋ねると「スギ」と教えてくれた。ブリやカンパチのような脂乗りとコリコリとした食感が特徴で、沖縄では養殖もされているという。だが群れをつくらず、網でまとまった量を漁獲できないことから、食用魚としてはあまり流通されていない。「天然はほとんど手に入らないけど、食べたらめちゃくちゃ美味しいですよ。僕は四国の漁場で出会って、以来、年に数回しか入ってきませんが仕入れています」。地産地消という言葉には、少し違和感があるという井川さん。「日本全国どこだって自分が暮らしている国ですから、埋もれている美味しいものの価値を高めて、可能性を広げられたらと思っています。そうして見つけた魚に一番美味しいと思う調理を施して、お客さまに召し上がっていただけたらうれしいですね」と井川さん。
香ばしい香りと甘み、歯切れのいい食感が特徴のイカの握りはまさに「この店でしか味わえない」逸品。火入れには半田ごてを使用し、見た目にも美しい。
「こうあるべき」にとらわれない、井川さん。それは独創的な味を生み出す理由にもなるが、調理に使う道具もとにかくいろいろ試すという。通常キッチンでは使われることのない「半田ごて」でイカやキンキの火入れをしていた、と誰かがSNSにアップするとたちまち大きな話題となり、賛否両論さまざまな意見が飛び交った。中には「衛生的に問題あり」と叩く者もいたが、前述の通り、食の安全が基本と考える井川さんは大学の研究機関に依頼して菌の発生率を調べたり、保健所に確認をするなど、“実験”の裏付けと衛生管理は徹底しているため、外野の騒ぎはまったく意に介さず。ひたむきに「美味しい」を追い求める姿勢を貫いた。道具でいえば、チーズグレーダーを使って山わさびやカラスミを削ると香りが立ち、豊かな風味が引き出されることや、ショウガを擦ると繊維が切れて、食感がサラサラになることも教えてくれた。
既成概念にとらわれず、次々と新しい発想を技に昇華させ、磨き上げていく井川さん。進化し続ける「鮨ノ蔵」のおまかせは、寿司好きならずとも一食の価値あり。2月はすでに満員御礼というが、3月以降、予約が取れたらすぐに旅の支度を。
INFORMATION
鮨ノ蔵
住所:札幌市中央区南2条西4丁目 乙井ビルB1
TEL:080-3237-5480
※店主が一人で切り盛りしているため、電話対応ができないことがあります。
営業時間:18:00〜/20:30〜の2部制
定休日:日曜定休
完全予約制、お任せコースのみ。
価格は季節や仕入れの状況次第で16,000円〜22,000円(目安)。お酒はビール、日本酒、白ワインをグラス料金で提供。
ぬくもりの空間で森を食すレストラン「TAKAO」
1日数組限定。高尾シェフの自宅に招かれているような、心のこもったもてなしも客足が絶えない理由。
札幌中心部「大通」から地下鉄東西線に乗車すること約5分。「円山公園」駅周辺エリアは、数々の星付きレストランがしのぎを削り、舌の肥えた札幌の食通が注目するグルメ激戦区だ。そんな円山でも、レストラン「TAKAO」は、他店とは明らかに一線を画す。コンセプトは、「森を料理する」。フランスでの修行経験もあり、国内の有名イタリアンレストランで腕を磨いた高尾僚将シェフは、北海道産の食材に加え自ら森を歩いて採取した木の実や樹木のエキスを使い、独自の世界観をテーブルの上に展開する。
まるで研究所のように森で採取した木の実や樹皮を保存。店の一角にディスプレイされている。
森で集めた素材をテーブルに並べ、ひと皿ずつ料理を提供する際に使用している素材を説明。
高尾シェフが本格的に山歩きを始めたのは約7年前。支笏湖畔に姉妹店を開いたのがきっかけで、周辺の森を散策するのが日課に。「森の中を歩いていて、目に止まった木々や野草の香りを感じていると、料理に使えるのではないかと思い始めたんです」と高尾シェフ。気になる木の実や樹皮などを見つけては、専門機関に依頼し食べられるかどうか成分を分析した。「野草に詳しい人を探していたら、たまたまアイヌの方と知り合って、アイヌ文化や先人の知恵を教えていただきました」と、先住民族アイヌの伝統的な食文化をリスペクトする。高尾シェフは試作を繰り返し、今では数え切れないほどの北海道スパイスを料理に取り入れている。
手前は牛頬肉のハスカップ煮込み。奥はどんぐりの天然酵母を使ったパン。どんぐりにのせるプレゼンテーションも心憎い。
ディナーコースは19,800円(税込・サービス料別途)
北辛夷の木を採取する高尾シェフ。週に2日は山歩きをする。「同じ山の同じ木でも季節によって水分量や香りが違うんです。定点観測みたいなこともしていますよ」と笑う。
高尾シェフは旭川市出身。店内の家具はどれも旭川家具で、<カンディハウス>に特注。インテリアからも木のぬくもりを感じられる。
例えば、高尾シェフはオオウバユリの球根からでんぷんを取り、パスタに練り込む。でんぷんの搾り粕は乾燥させて保存し、これもまたパスタに使用する。「これは、トゥレプといってアイヌの方から教えていただいた保存食です」と高尾シェフ。さらに、キハダの実は乾燥させて粉状にし、香りを生かしてチョコレートやデザートに混ぜる。最近、注目されているスパイスだが、これもアイヌの食文化に深く根付いていてアイヌ語で「シケレペ」と呼ばれる。海外ではクランベリーと呼ばれるツルコケモモは、コンポートにして前菜やデザートのアクセントに。キタコブシから取った樹液は、料理の香りづけにも。これら素材は、すべて北海道の野山に自生する植物だ。「料理で北海道を体感し、森を身近に感じるきっかけになってくれたら」。森を感じる料理の余韻は、天然酵母で醸す北海道のワインとも相性抜群だという。
海外からも注目が集まっている高尾シェフの道産子ガストロノミー。このレストランでは、繊細かつ実験的な料理から、北海道の大自然が感じられる一皿まで、唯一無二の体験が待っている。
“森”を料理に変えるオープンキッチン。
INFORMATION
TAKAO Casa di Hokkaido
住所:札幌市中央区南3条西23丁目2-10 Condo Maruyama KIRARI 1F
TEL:011-618-2217
営業時間:18:00〜
定休日:日曜定休