住宅街に牧場!? 札幌のおいしいソフトには理由がある。
今や北海道旅行で欠かせない存在のソフトクリーム。その中でも、札幌で絶大な人気を誇る〈八紘学園農産物直売所〉のソフトクリームをご存知だろうか。観光客はもちろん、地元の札幌市民もその味を求めて買いに来る“八紘学園”のソフトは、他と何が違うのだろうか。生産現場を訪ねて、おいしさの秘密を探った。
Photo: Ryoichi Kawajiri / text: Gentaro Kodama
市街地に広大なキャンパスがある“八紘学園”
〈八紘学園農産物直売所〉があるのは、学校法人八紘学園が運営する「北海道農業専門学校」の敷地内。札幌市民から“八紘学園”の愛称で親しまれる同校は1930年に開学した歴史ある農業の専門学校で、全寮制であることから、北海道はもとより、九州や沖縄まで、日本全国から農業者をめざす若者たちが集まっている。
札幌市内で農場や牧場を持つ学校といえば北海道大学が有名だが、八紘学園の規模も相当だ。地下鉄東豊線「福住駅」から10分ほど歩いた住宅街に突如現れる緑の空間。その面積は約63ヘクタールもあり、敷地内には畑からビニールハウス、果樹園、さらには牧草地や牛舎までがそろう。学生たちはこの充実したフィールドで、農業への学びを深めている。
住宅街に広がる牧草地。奥には札幌ドーム(現大和ハウス プレミストドーム)が見える。
〈八紘学園農産物直売所〉は、そこでつくられている新鮮な農作物や牛乳、乳製品を扱っている販売所。地元の人たちで早朝から賑わいをみせる一方で、札幌市民でもまだ知らない人も多い穴場スポットでもある。
八紘学園で採れた野菜や果物のほか、北海道内のJAが生産する農作物も販売している。
乳牛への惜しみない愛情から高品質な生乳は生まれる
八紘学園のソフトクリームがおいしい理由。それはまず、原料となる「生乳」に違いがあった。校内の牛舎を訪ねてみると、乳牛にかける手間と愛情がひしひしと伝わってきた。
木造のキング式牛舎。今ではほぼ使われていないサイロも、ここでは現役で使われている。
「わたしたちが乳牛の飼育で大切にしているのは給餌です。『分離給与』という牛一頭一頭に合わせて餌を与える方法を採用しています」と教えてくれたのは、農場部専門員で牛舎担当の笹原直人さん。「『分離給与』はそれぞれの牛のコンディションに合わせて餌を与えられるメリットがある反面、人の手がかかる大変な作業です。そのため、大規模の牛舎ではすべての牛の餌を一度につくって与えるのが主流ですが、うちは学生と職員を合わせて10人以上の人手があるので、そうした手間をかけた給餌方法が実現できています」。
餌の牧草とデントコーンはすべて八紘学園産。餌の収穫・調整も学生たちが行っている。
分娩が近くなってきたら餌の量を減らし、逆に泌乳量がピークの牛には餌を多く与える。そうした細やかな餌の調整によって、どの牛もしっかりと餌を食べてくれるという。「うちの生乳は良好な乳質と高い乳成分率を誇ります。通常、夏場は乳成分率が下がるのですが、うちはしっかりとした暑熱対策も施しているので、乳脂肪率も4%以上をキープしており、品質の良い濃いミルクを搾れています」と笹原さんは胸を張る。
牛舎は温度や湿度をこまめに管理。アニマルウェルフェアにも配慮し、ストレス軽減に努めている。
また、八紘学園の乳牛は見た目も美しい。ブラッシングは学生たちが牛に接近できる作業の一つとして、毎日欠かさず実施。そこには作業を通して平常時の牛を見極める目と異常を察知する力を養ってもらいたいという教育的側面も兼ねている。
さらに笹原さんは乳量よりも牛の体型の方を重要視しているといい、種付けで改良を重ね、乳房の形の良い牛をそろえていると話す。「乳量を増やそうとすると乳房が下がってしまい、乳房が地面に近づくことで汚れやすくなりますし、自ら踏みつけて損傷することもあります。乳牛の品評会でも形の良い乳房の牛は評価が高く、八紘学園の乳牛は今年の春の全道品評会で複数頭、上位に入賞しました」。
搾乳は朝4時半と夕方16時の1日2回。365日休むことなく行われている。
給餌や体型を大切に飼育する八紘学園。しかし、なによりも大きいのは「学生」の存在だと笹原さんは挙げる。「たくさんの学生たちが一生懸命に牛を育て、搾乳してくれているおかげで、ストレスなく育っています。本当に人懐っこい牛ばかりで、そうした人と牛の良い関係が、生乳の良さにつながっていると思います」。
八鉱学園を卒業後も研修生として牛舎で働きながら学びを深めている中沢海斗さんも牛との良い関係を築いてきた一人。特に面白いのは搾乳だと語る。「搾り方によって乳量が変わるんです。ストレスを感じさせずに搾乳できると、牛たちはオキシトシンという射乳ホルモンを出して乳量が増えます。上手に搾れると自分もうれしくなります」。ちなみに中沢さんは、八紘学園への進学を決めた理由の一つにソフトクリームの存在があったのだとか。「入学する前に食べたときに『こんなおいしいソフトクリームがあるのか!』と感動して、ここで学びたいと決めました。今はその生乳づくりに関われ、おいしさに貢献できていることに喜びを感じています」。
実家が酪農家の中沢さん。将来に備え、分娩を学ぶために研修生として学校に残ったという。
自家製乳を牛舎から直送!だから生乳の味が生きている。
八紘学園では牛舎で搾乳するだけでなく、同じ敷地内にある工場でソフトクリームミックスに加工。フレッシュな生乳を使って一貫生産されているのも、おいしさにつながる大きな秘訣だ。だが、実は1年前、ソフトクリームの加工を担当していたスタッフが退職。一時期、販売中止になっていたのだそう。そして、その危機を救ったのが、現在の担当者である大木直都さんだ。
「跡継ぎがいなくて、食品加工ができる人を探していると声をかけてもらったんです。前職がクラフトビールをつくる仕事だったので、同じ液体ですし、発酵にも知見があることから、面白そうだなと引き受けました」。
現在、学生は製造に関わっていないが、「いずれは一緒に商品開発をしていきたい」と話す大木さん。
一般的なソフトクリームは火を入れて殺菌した牛乳を仕入れて、それをさらに火にかけて殺菌して加工しているが、八紘学園は仕入れる必要がない。「すぐそばの牛舎で搾乳した自家生乳を使っているのは大きなメリットで、火にかける回数が一回少ないので、タンパク質の変性も少なくて済むんです」。
さらに札幌では近年、生クリームが強めのソフトクリームが流行っているが、大木さんは「八鉱学園の生乳の味を伝えたい」とこだわる。「クリームなど後から入れるものは極力抑え、生乳の割合をできるだけ多くして、砂糖などもできるだけ北海道産にこだわってつくっています」。
「良い商品はキレイな環境から生まれる」と、衛生管理には格別のこだわりを持つ。
そうしてつくられている八紘学園のソフトクリームは、生乳自体に乳脂肪分が高いのはもちろん、タンパク質やビタミン、ミネラルなどの含有率も高いため、甘みが強い。さらに「うちの生乳は飲み口がさっぱりしていて、飲んだ後にしっかりとコクやうま味を感じることができます。味が濃いけどスッキリしているのがソフトクリームにも生きていると思います」。
最後に〈八鉱学園農産物直売所〉に行って、できたてのソフトクリームをペロリ。その味は・・・、ぜひ現地で味わってほしい。
Information
八鉱学園農産物直売所
住所:札幌市豊平区月寒東2条13丁目1-12 学校法人八紘学園北海道農業専門学校内
TEL:011-852-8081
営業時間:10:00~16:00(ソフトクリームは15:30終了)
定休日:4月中旬~11月上旬/木曜定休
11月中旬~4月中旬/火~金曜定休 ※土・日・月曜日のみ営業
https://hakkougakuen.ac.jp/%E8%BE%B2%E7%94%A3%E7%89%A9%E7%9B%B4%E5%A3%B2%E6%89%80/
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