人気店の店主がタスキをつなぐ、札幌のうまい「朝ラー」リレー。体と心を温める“推し”の一杯を召し上がれ。
札幌のラーメン文化の一つとして定着している、朝ラーメン(通称 朝ラー)。ここ数年で営業時間が早朝からランチタイムまで、という店も増えたという。そこで、週末には行列もできる人気店3軒と、月に数回しかいただくことができない幻の朝ラーを提供する1軒を紹介。ユニークな店主たちが「旨い」と太鼓判を押す店をリレー形式でつなぐ。
photo: Yoshitaka Morisawa / text: Aiko Ichida
餃子と麺 いせのじょう「辛口白菜ラーメン」
出汁の旨味に自家製トウガラシのピリッとした辛さと、白菜の甘みが溶け合うスープは絶品。体を芯から温めてくれる「辛口白菜ラーメン」910円。
地下鉄東西線の「菊水駅」から徒歩6〜7分の中通りに、小さな飲食店が軒を連ねる「菊水会館」という雑居ビルがある。古いビルの廊下でその姿を見つけると、隣接する食堂や向かいの焼き鳥店の店主が「石ちゃん、元気?」と気さくに声をかけてくる。「あぁ、元気だよ」、やわらかな物腰で応えるこの人こそ「餃子と麺 いせのじょう」の店主・石水さんだ。まるで昭和の長屋にタイムスリップしたかのような温かい雰囲気に包まれたと思いきや、よくよく建物の中を見渡すとまるで異世界に迷い込んだかのような怪しさも漂う。夜、新参者が敷居をまたぐには少々、勇気がいる店が多い印象だが、朝なら安心。通りに面した1階に店を構える「いせのじょう」の入口は、廊下側にある。
白い暖簾とのぼりが目印。心にじわっとくるタッチの線画は石水さんの奥さんが描いたもので、今やグッズも販売するほど人気なのだとか。
「いせのじょう」は、本店以外に現在2店舗を展開する成長を遂げたが、始まりはここ菊水会館から。カウンター7席のこじんまりとしたお店は、16年目になる今も地元で愛され続けている。このエリアは「すすきのにも近いから、夜のお店で働く人がたくさん住んでいて、開業当時は本当にいろんな人が行き交う面白い場所でしたね。今はだいぶ若者も住むようになって、街の雰囲気が明るくなりましたけど、朝早い時間は仕事を終えてほろ酔いの人がいたり、これから出勤する人がいたり…いい意味でカオス。そこがこのあたりの魅力というか、お客さんの個性だったりします」と笑顔で語る石水さん。実際に取材で訪れたとある平日朝8時30分。店内はすでに満席で餃子とビールを楽しむ中年男性の2人組ほか、赤ちゃん連れの夫婦、観光客らしきサラリーマンが美味しそうにラーメンをすすっていた。
朝ラーを始めたきっかけは、スタッフの「働き方改革」を意識したことがきっかけだった。「朝においしいラーメンを食べてほしいという思いはもちろんありました」という前提はありつつも「夜まで営業して深夜に帰るより、朝、早起きして夕方明るいうちに仕事が終わる生活のほうがいいのかな、とスタッフに相談したら、さっそくやってみようということに」。2019年から始めた朝ラーはたちまち評判となり、札幌における朝ラーブームの火付け役となった。
穏やかな人柄が、やさしくコク深いスープの味と重なる、店主の石水さん。料理に使うトウガラシは深川市と岩見沢市にある自家菜園で栽培。
麺は旭川の製麺所「須藤製麺」の手揉み風を使用。実は石水さん、前職はこの製麺所の営業担当だった。のど越しがよく、スープによくからむ麺の特徴を知り尽くしているのも強みだ。朝ラーにおすすめの一品を訊ねると、少し迷って「辛口白菜ラーメン」と教えてくれた。あっさりとした鶏ガラ&煮干しベースのしょうゆ味に、自家菜園で収穫したトウガラシの辛さがぴりりと効く。煮込んだ白菜の甘みが口いっぱいに広がり、スープを飲み干す客も少なくないという。手間を惜しまず、体にやさしい味で温めてくれる逸品は心に沁みる旨さだ。
INFORMATION
餃子と麺いせのじょう 菊水本店
住所:札幌市白石区菊水1条1丁目3-2 菊水会館1F
TEL:011-832-6870
営業時間:8:30-15:00
水・木曜定休
https://isenojo.thebase.in/
@isenojof
@isenojo_official
石水さんが推す、うまい朝ラー
『中華そば うさぎ』
「あっさりしていて、早朝からスルスルいける飽きのこない味が好みです。朝ラー限定メニューはなんとワンコインから。そんな心意気も素敵ですよね。」
中華そば うさぎ「温かい素ラー 基本+背脂」
トッピングはネギのみ。麺が見えるほど透き通ったスープに、背脂をプラス。シンプルながら、コク深い味わいが広がる「温かい素ラー(B)」500円。
地下鉄南北線「北24条駅」から徒歩6〜7分の住宅地で、朝6時から営業する「中華そば うさぎ」。今年創業10年の節目を迎えた、朝ラーファンに名高い人気店だ。鶏と豚でとったスープと、煮干し・鰹の和だしを合わせて作った黄金スープは香り高く、ほとんどの客が飲み干すか、〆の雑炊として楽しみ尽くすという。基本、店のメニューはすべて朝から楽しめるが、朝ラー限定(6:00〜9:00)のラーメンは、この物価高の時代になんとワンコインで提供しているというから驚きだ。ちなみに朝ラー限定のメニューは4種。
(A)温かい素ラー基本
(B)基本+背脂
(C)冷たい全粒粉の平打ち麺
(D)冷たい極太平打ち麺
で、いずれもトッピングはネギのみだが、ほぼ毎日通う客もいるほど、飽きのこない旨味とコクのあるスープが特徴だ。
寒い季節の“推し”は(B)。のど越しがよく、食味豊かな細ストレート麺に、背脂のコクと甘みが溶け出したスープがほどよく絡んで、まろやかな後味が広がる。完食後も胃にもたれないので、朝ラーのハシゴを楽しむ客(ツワモノ!)の起点になっているという噂も。
店名の由来を聞くと、「学生時代からのあだ名がなぜか“うさぎ”。今となっては本名よりあだ名の方が浸透しているんだよな」と笑顔で語る宮村さん。
朝ラーを始めたのは2018年から。「(朝ラーに)興味はあったけど、オフィス街でしか成り立たないと思っていたんだよね。だから夜に居酒屋みたいなメニューを出したりして、試行錯誤していた時期があって。とりあえずやってみるか…と週末だけ始めてみたら、たくさんお客さんが来てくれて、意外だったけど有り難かったね」と宮村さん。試験的な営業から、本格的に朝ラーとランチ営業に切り替え、一躍人気店となった。
ちなみに同店の一番人気は「追い鰹 ワンタンチャーシュー麺」890円。ベースは朝ラーの(A)と同じだが、追い鰹の香りが出汁の風味をより一層引き出し、味わい深い。自家製のチャーシューやワンタンも美味だが、驚いたのはメンマ。食べ応えのある極太メンマ(3本120円)は見た目のインパクト大だ。朝ラーにもトッピングできるので、ぜひご賞味を。
INFORMATION
中華そば うさぎ
住所:札幌市北区北27条西3丁目4-7
TEL:050-3704-0230
営業時間:月・火曜6:00-11:00
金・土・日曜6:00-14:00
水・木曜定休
@sapporo.usagi
@asara_usagi
@sapporo.usagi
宮村さんが推す、うまい朝ラー
『とし井ちゃんラーメン』
「手間暇かけてとった出汁が旨みたっぷりのクラシカルな中華そばと、つけ麺のお店です。夫婦で元気に頑張っているので、応援しています!」
とし井ちゃんラーメン「らーめん」
シンプルな旨味を引き出すべく、出汁をとる食材に徹底的にこだわった渾身の「らーめん」800円。チャーシューもたっぷり!
朝ラーを始めたのは2023年1月から。店主夫婦は札幌の名店「井さい」のオーナーに誘われ、朝ラーをスタートさせる1カ月ほど前に東京から札幌に移住したという。店主の佐野さん(夫/としちゃん)は東京下町の町中華店に生まれ、有名つけ麺店で修行。その後、アメリカに渡り、ラーメンシェフとして腕を振るいビブグルマンを受賞するなど、独自のラーメン道を歩いてきた。「ちゃん系」ラーメンをリスペクトし、あくなき探究心は現在進行形。「東京の中華そばが大好きなので、そのおいしさを札幌にも届けたい」と任された店を奥さん(ゆりちゃん)と共に切り盛りしている。
「らーめん」のおいしさはもちろんのこと、としちゃんとゆりちゃんの「いらっしゃい」(入店時)と「いってらっしゃい」(退店時)の挨拶が1日の活力に!
朝ラーのおすすめは「らーめん」。豚肩ロースチャーシューが4枚、メンマ、ネギ、のりがのった“ちょうどよい”一杯だ。「朝、これから仕事に向かうお客さんも多いので、お肉のボリュームは盛り気味に。ただし胃もたれしないよう、朝は脂身の少ない部位を選んでいます」とうれしい心遣いも。スープはなるべく自然の食材の旨味を引き出したいという思いから、丸鶏、豚の背ガラ・げんこつ、鰹と鯖、背黒、平子煮干し、昆布などをたっぷり入れて6時間ほど煮込んで出汁をとる。手間隙かけて仕上げたスープは醤油の香りとまろやかな旨味が広がり、奥行きを感じる。飲み干してなお追加したいほどのおいしさだ。麺はツルツルと喉越しのいいストレート麺。スープとの相性も良く、とにかく箸が進む。何度も味わいたくなる、しみじみ旨い一杯だ。
完食後、ふと丼の下の皿が気になって見ると…こんな可愛らしい絵柄が。クスッと笑顔になれる、小さなサプライズにほっこり。
INFORMATION
とし井ちゃんラーメン
住所:札幌市中央区南6条西13-4-33
TEL:011-200-9395
朝ラー営業時間:6:00-10:00(LO9:45)
通常営業時間:11:00-15:00(LO14:45)
月曜定休 ※祝日の場合、翌日振替休日
@toshiichanramen
@toshiichan_ramen
佐野さんが推す、うまい朝ラー
『麺や hide』
「無化調スープの名店です! 実は気になっていてまだ伺えていませんが、近々お邪魔したいと思っています。朝ラーは月に1-2回ほど実施しているそうで、SNSで告知しているそうです。幻…ですね(笑)。」
【番外編】
麺や hide「釜揚げギャオス」
トリは札幌市中心部から車で25分ほど走った発寒・新琴似エリアにある「麺や hide」。ここは無化調・自家製麺の、知る人ぞ知る名店だ。「美味しいラーメンを作るために、人がやらないことをしたい」という好奇心の塊。それが店主、山藤さん。全国によく知られた札幌のチェーン店で修行し、その後独立。この店をオープンさせた2017年から、魚介豚骨のスープ、無化調、自家製の麺作りにこだわって、店の味を追究してきたという。
店舗に隣接する小部屋が製麺スペース。「無化調も自家製麺も自分がやりたいからやっているだけ」とまったく気負いなく、むしろそのプロセスを楽しんている様子の山藤さん。
山藤さんいわく、朝ラーは月に数回、奥さんの「そろそろ、どう?」に応える形で日曜日に営業。数日前にSNSで告知し、ひっそりと店を開けて、朝ラー限定のラーメンを提供しているというが、心待ちにしている客も多いという。
ラーメンのメニューは「モーニングギャオス(醤油・塩)」と「釜揚げギャオス」のみ。「エソ」という魚で出汁をとったスープが自慢の3品だ。
無化調と聞くと「やさしい」「あっさり」をイメージする人も多いが、食味、風味共に豊かな自家製麺に卵を絡ませ、つけ汁にくぐらせて味わう「釜揚げギャオス」はわりとしっかり印象に残る醤油味だ。
「もっと朝ラーを食べたい」というファンの声(と奥さんの後押し)を受けて、この冬、味わう機会が増えることを期待したい。
INFORMATION
麺やhide
住所:北海道札幌市北区新川7条16-709-8
TEL:080-8287-8858
朝ラー営業時間:7:00-8:45
通常営業時間:月・火・木・日曜11:00-14:15、金・土曜11:00~14:15、17:30~19:30
※ラストオーダーは閉店15分前
水曜定休
@menhide
@menyahide